あなたの、分身
(斎藤×千鶴)
「今日、好きなアニメのシングルが出るんだよね。ちょっとあの店寄ってもいい?」
久しぶりに会う中学時代の友達が指したその店は千鶴は一度も行った事のないアニメグッズ専門の店だった。
「う、うん……」
躊躇いながらも、店に入ると思ってたよりも実用的な物も沢山売っていたので、アニメはあまり見ない千鶴だったが「これ可愛い」と、店内をウロウロしていると、とあるコーナーに心を奪われ、じっとそれを見ていると
「千鶴ちゃん? それが気になるの?」
でも、千鶴はアニメは見ない筈なのに…と、不思議そうに会計を済ませた友達が声を掛けた。
「うん、これは何?」
そういうアニメがあるのだろうか、という意味なのが解ったのか
「色んなジャンルのアニメの衣装だよ」
衣装、というわりには自分達が着るにはあまりにも小さすぎる。だからといって、子供服というわけでもない。それでも、小さすぎるからである。
「このくまに着せて、鞄につけたり、ストラップにしたりするんだよ」
そういって、持って来たのは色違いのくまのぬいぐるみだった。
「あっ、そういう事」
「ちょっとしたコスプレってわけ」
可愛い衣装があるから、見てるだけでも楽しいでしょ? と、私も欲しいんだけど、好きなキャラのはないから…と、少し残念そうにしているのを見て
「作ればいいんじゃない?」
「器用じゃないから作れないよ」
無理無理。だからというわけではないけど、と好きなキャラクターのストラップを千鶴に見せた。
夕方まで、お喋りに花を咲かせ、家路に戻る時も頭にあったのはくまのぬいぐるみだった。可愛いと思いつつも、これだと思う衣装がなかったし、可愛いと思う衣装があったとしても、そのアニメすら知らないから、くまのぬいぐるみも買いはしなかったが、それでも千鶴の頭を占めていた理由は
自分で作ればいい。
それは先程友達に自分が言った言葉だった。友達に言った言葉ではあるが、同時に自分にも言っていたのだ。何故ならアニメを見ていない千鶴にはその衣装は興味なかったが「もしこれが斎藤の服だったならば」というのが頭をよぎったからだ。店にあった衣装の中に制服物もあり、もし自分の学校の制服があれば、男物の制服があれば、いつでも斎藤と一緒にいるように感じるのではないだろうか、と。
「でも、それじゃ、いかにもって感じだもんね」
しかし、である。自分で作るのならば、どんな服でも作れる。そして、デートの度に必ず何枚か写真は撮ってあるので、写真を元に斎藤の私服を再現出来る。
「あのくまのぬいぐるみは買わなかったけど、丁度同じサイズのくまのぬいぐるみがあるんだよね」
裁縫好きで、布の端切れも沢山あり、材料はほぼ完璧である。携帯電話に残っている斎藤との写真をチェックし、持っている端切れと照らし合わせていると、気が付いたら斎藤の服を見事に再現していた。
翌日、千鶴の鞄には斎藤の衣装を着たくまのマスコットがまるで千鶴を守るかのようにぶらさがっていた。
「千鶴ちゃん、おはよう!」
声を掛けてきたのは遅刻魔の沖田である。
沖田に声を掛けられるという事は藤堂とともに駆け足で学校に向かっている最中だ。
「沖田先輩! おはようございます」
「千鶴! 早くしねーと間に合わねーぞ」
のんきに挨拶をする千鶴を叱咤するように藤堂が千鶴の腕を引っ張るが、原因は藤堂である。あまりにも藤堂の遅刻が多い為、担任に頼まれた千鶴が再び迎えに行く形になっていたのだ。
「セーフ!」
門が閉まるギリギリで、三人は遅刻を免れるのだが、舌打ちをしてにらみをきかせていたのが千鶴の兄、薫である。
「ちょっと、その汚い手をどけてくれるかな」
いつの間にか千鶴の手を握っていた沖田の手を殴り
「何、君にそんな事を言う権利があるの?」
「薫は千鶴の兄故、権利はあるだろう」
そして、俺にも権利はある、とふたりの間に割って入ったのは薫と同じく風紀委員をしている斎藤だ。
「千鶴、担任に言われたのは解るが、あんたまで遅刻しそうになっては意味がない」
「すみません」
頭をぽんぽんと撫でて「おまえは教室に行け」と、千鶴だけをその場から逃し、鋭い眼光を藤堂に向ける。
「今日はたまたま間に合ったが、間に合わなかったら、おまえが千鶴を巻き込むという事がまだ解らぬのか」
「だってよぅ、ゲームが――」
「それは言い訳にはならぬ。何度言っても解らぬようならば、おまえの家からゲームやまんがを全て排除するしかなさそうだな」
「ちょっ…! はじめ君それはないよ」
「ゲームやまんがが原因なのだろう? 千鶴を巻き込みたくない気持ちもなくはないのだろう。ならば、その原因を排除すれば解決するではないか」
「そ、それは……」
「相変わらず、千鶴ちゃんとラブラブみたいだね」
「……総司。今は千鶴との事は関係ない。いや、そもそもおまえには関係のない事だ」
薫とのやりとりをしながらも、ニヤニヤしながらからかってくる沖田にもにらみをきかせるが、当然そんなものは沖田には通用しない。
「沖田!」
薫を無視して、斎藤をからかい始める沖田を引き留めようとするのだが、おかまいなしに沖田は薫の手をするりと抜けて「じゃ、僕も教室に行こうかな」と、何事もなかったかのように教室へと足を向けた。
「学園長と教頭に説教して貰うように言いつけてやる!」
「そうだな。土方先生だけでなく、学園長にも話を聞いて貰わねばならぬな。平助、おまえもだぞ」
えぇー、と不服そうな声を上げる藤堂だったが、自業自得な分、仕方が無いと、学園長はともかく、教頭の説教は怖いな…と溜息をついたが
「……お好きにどうぞ」
言いながらも、学園長の言葉に一瞬表情が歪んだが、背を向けていたから彼らには気付かれなかったものの、藤堂のように受け入れたような言葉を発した所で、勿論それを素直に受け入れる筈がないのが沖田総司である。
一限目が終わり、沖田は千鶴の教室に向かっていた。
「千鶴ちゃん、ちょっといいかな?」
「沖田先輩、どうされたんですか?」
斎藤と付き合い始めてからは滅多に千鶴の教室に現れなくなった沖田に不思議そうな視線を返しながらも、何か用事があるのだろうかと、にっこりと笑みを浮かべた。
「うん、それ」
指したその先には鞄についているくまのマスコット。
「これ…ですか?」
「はじめ君の服とお揃いだよね」
割とよく着ている服だったからか、沖田がめざといからなのか、斎藤をはじめ、藤堂も気付かなかったそれを指摘する沖田に、ポッと頬を染めて「は、はい……」と返事する千鶴に
「その服だとすぐに周りに気付かれるから、他の人にからかわれちゃうんじゃない?」
今の所気付いているのは僕だけみたいだけどね。と、つんつんと、くまをつついた。
クラスメイトに気付かれたりはしないだろうが、剣道部の部員には気付かれる可能性は高い。沖田はこうしてコッソリ言ってくるし、土方や原田が気付いても千鶴をからかったりはしないだろうから周囲に気付かれる事はない。しかし、永倉や藤堂に気付かれでもしたら、本人達に悪気はなくても、いや、悪気がないからこそ厄介で、おそらく大きな声で「それはじめ君の服じゃね?」と、言ってくるに違いない。そうなると、恥ずかしい思いをするのが千鶴だけでなく、斎藤にまで及んでしまうのは不本意な所だ。ただ、大好きな斎藤とずっと一緒にいたいという恋心から作ったのに、部屋で待機状態になってしまう。学校に行けば会えるのだから、学校の鞄につけていく必要はないのだが、そこは乙女心である。どんな時も一緒にいたいのだ。
「千鶴…それは……」
翌日の部活で「それ」に気付いたのは斎藤である。
「あっ……」
気付いて欲しい気持ちを持ちつつも、気付かれたくない気持ちも持ち合わせていた。互いに好きで、付き合っているのは周知の事実であるし、千鶴が斎藤を好きだという気持ちを斎藤にはちゃんと知っていて欲しいと思いつつも、やはり恥ずかしさは消えない物である。
が、しかし。斎藤が次に取った行動は誇らしげにくまが着ている千鶴お手製の服を脱がしにかかったのだ。
「先輩…?」
慌てて止めようとするが「千鶴、この服は総司のものだ」と、言われると、沖田の性格は掴んでいた筈なのに、まだまだ自分は甘いのだと再確認せざるを得ない。
「今日は俺の家に寄らないか? 総司が知らない服を見せる故」
すぐに作れとは言わぬ。だから、明日は昨日着せていた服を着せるといい。それと…俺にも同じ物を…いや、同じではないな。千鶴の服を着せたマスコットをくれないかと言われると、青くなっていた顔が再び桃色に変わるのだった。
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