夏服の、君
(斎藤×千鶴)
六月に入り、一斉に衣替えをした為か活気に溢れているように見えたのは気のせいではないと斎藤は確信していた。
冬服だった千鶴の制服も当然夏服に変わり、男子生徒達の殆どが浮き足立っていた。
風間だけを要注意していた訳では当然ないが、それにしても千鶴の夏服姿は想像以上に愛らしかったのである。
半袖のブラウスに、赤いタイ、紺のスカート。
どこにでもある制服だが、男だらけのこの場所ではそれが途端に華に変わるのだ。斎藤が…いや、教師達をはじめ、千鶴の兄である薫はそれを心配していた。
良からぬ事を考える者が出てくるのではないか、と。特に、風間が更に暴走するのではないかと、斎藤は天霧、不知火と連携を取り、見事風間を封印…とまでは行かなかったが、それに近い状態を作る事に成功していた。
夏服の千鶴に「気を付けろ」と解いたとしても、夏服を替えられるわけが無い。だからといってこの暑さの中ひとりだけ冬服を着ろ等と言える筈も無い。注意をしてもただ学校の規則に沿い、夏服に着替えただけの千鶴に落ち度は無い。あるとすれば可憐すぎる事である。
(男装をさせるというのも手か……)
そう考えたのは一度だけでは無い。
だが、そのような事を千鶴にさせるのは酷である。女子なのに、何故男装させなければいけないのか。それだ単に文化祭等の催し物でのその場限りのものならば問題はないだろう。そういう時は男もまた女装させられるに違いないし、千鶴ひとりにそのような真似をさせられない。だから痛み分けのような物だし、そういう祭だと言ってしまえばそれだけの事。
しかし、たまたま今年度から共学になり、受かったのが千鶴たったひとりだけだった。故に、それまでは単なる衣替えで、気に留める者等誰ひとりとしていなかった出来事なのに、こうして大袈裟な、いや、千鶴にとっては更に気の抜けない状況に追い込まれる事になっていた。
半袖からするりと白く細い腕が見えただけで、男共皆、千鶴に注目をしているように感じられる。皆、というのは大袈裟のように聞こえるかも知れないが、決して大袈裟ではなかった。上着で隠れていたブラウスも晒される事となり、想像もしたくないが、男共が白いブラウス越しに見えるラインに意識をしているようにも見えてならなかったのだ。
男共。
その言葉の中には勿論斎藤自身も入っていたのだが
(俺は決して不埒な事はせん)
そう思っていたが、薫から見れば、斎藤もまた他の男共と何ら変わりは無い事に斎藤はまだ気付いていない。
そして、時は巡って一年が経ち、再び千鶴が…いや、薄桜学園の生徒皆が夏服へと衣替えの季節が来ていた。千鶴は…教師達もだが、今年も女生徒の入学を心待ちにしていたが、千鶴が一年男達の中に放り込まれた状況を親たちが調べたのか、願書の数は昨年よりも減り、昨年同様特殊な科目があった為、女生徒での合格者はいなかったので、再び女子生徒は千鶴ひとりだけの状態になっていた。千鶴の学年同様、新入生達は共学から来た者が多く、女子生徒が珍しいと感じる者が少なかった為、少し千鶴の待遇がマシになったような気はするが、状況は何も変わっていないのである。
申し出たのは斎藤だけではないのだが、制服のデザインを変えるという案が出ていたが、薄着なのは変わりないし、千鶴にまた制服を新調させる。つまりはお金を出させるというのは問題ではないかという声が出た。学園長である近藤が「自分達の不備であのような状況になったのだから、責任を取って制服は学園で用意してはどうだろう」と意見したが、きっとそれは千鶴は納得しないだろう。特別扱いをされるのが嫌だと、自分がこのような状態になるのを想定した上で、覚悟をし入学したのだから、たかだか制服の事で学校側に負担をかけたくはないと言うだろうと、皆容易に想像出来たし、千鶴の性格を一番よく知る風紀委員として参加していた薫が言っていた。
全て覚悟をしている、と。
しかし、どれだけ千鶴が特別扱いを嫌っていたとしても、それ以前の問題があったし、教師である彼ら、そして風紀委員であり、千鶴の恋人である斎藤。双子の兄である薫は千鶴を守る義務があった。
何かあってからでは取り返しがつかない。
「ワンピースってのはどうだ?」
「制服だぞ?」
「いや、だから、何っつうんだ? ベストみたいなのがついたスカート」
原田の言う「ワンピース」がどういうものなのか理解した彼らは「確かに、そういう制服もあるな」と、納得をしたようだが
「また千鶴の両親に制服を買わせるのはやはり……」
学校側の落ち度なのだからと説明をしてもきっと千鶴は納得しないだろう。意外と頑固な面を持ち合わせているのは薫が一番知っていた。
「だったら、ベストを着れば――」
「段々暑くなってくるのに?」
堂々巡りのやりとりに結論は出ずに、結局千鶴は元々用意された夏服を纏いここ、薄桜学園にいた。元々女生徒がひとりで目立つ存在だったのに、更に千鶴は注目の的になっていた。
彼氏である斎藤が傍にいる時は「風紀委員の堅物、斎藤一」を気にする生徒達の視線は少し和らぐものの、恋人持ちなのは周知の事実なのに、未だに千鶴はその他大勢の恋愛の対象となっているのは斎藤も知る所である。
(何故、共学になると知った時に制服の事に気付けなかったのか)
想像するにたやすい。
今だからこそ「容易」に想像出来るのだ。あの頃は「厄介だ」としか認識が無かった為、在校生達がどのような反応になる等、興味すらなかったのだ。
まさかこのように可憐で、愛らしい少女がたったひとりで入学してくるとは思いもしなかったのだ。勿論、斎藤自身がその少女に心を奪われ、恋仲になる等、誰が想像出来ただろうか。
再び夏服の千鶴を目の前にし、去年の土方達とのやりとりを思い出した。女子生徒が入ってくれば、千鶴の置かれている現実も少しは和らぐはずだと期待をしたが、結局は何も変わってはいない。相変わらず風間は三年生のまま、在校している。いつの間にか斎藤達と同じ学年になっていた風間は「同級生」として君臨している。考えたくもないが、斎藤が卒業すれば、風間は今度は千鶴の「同級生」として、一体何をするのか考えたくもなかった。天霧や不知火がある程度風間を止めてはくれるだろうけれど「ある程度」なのだ。暴走した風間が何をしでかすのか、教師の、土方の目ですからいとも簡単にすり抜けて千鶴に近付くのでは無いか。
今からでも遅くは無い。制服を変えた方がいい。親に迷惑を掛けたくないのならば、余計にそうするべきなのではないだろうか。
何かあってからでは遅い。特別扱いを嫌う千鶴を説得するのは難しいかもしれないが、これは決して特別扱いではなく、しなくてはならない事なのだと説明しなければならない。千鶴がどれだけ一生徒として在校しているのだと思っていても、他の生徒と、男達と同じではないのだと、男の中にただひとり女がいるというのがどれだけ危険な事なのか、改めて話さなければならないと、感じていた。
夏服を変えた所で状況はあまり変わらないが、危機管理能力を強くするのと、無防備でいるのとでは全く違う。
「千鶴、話が…あるのだが」
「はい」
「その…まずは制服の、事なのだが……」
「どこか違反してますか?」
普段通りに着てる筈なのにな…と、スカートの丈やタイをチェックし始めた。
「い、いや! 違反はしていない。実は去年もあがっていた話なのだが――」
制服を変える話から始まり、どれだけ千鶴が皆に「ひとりの生徒」として見て欲しいと思っていたとしても、男の中に女がひとりでいる事がどれだけの影響があるのかという事を話した。今まで、両親からも、薫からも何度も言われていた事だったが、千鶴は頑固として「男とか、女とか関係なくひとりの生徒」として見て欲しいと言い続けていたのだ。きれい事だと、薫もまた何度も言い続けたのだが、千鶴はその言葉を受け入れようとはしなかったのだ。
「でしたら、ブラウスを自由にさせて貰ってもいいでしょうか」
「自由に、とは?」
「勿論白ですが、冬服だと暑いので素材を変えて、長袖にします。でしたら、少しは変わると思うのですが」
それと、ブラウスの下にも下着ではなく、薄手のノースリーブを着ると。
「ずっとひとりの生徒としてって、言ってきましたけど、実は私なんかに魅力なんて…って思ってたから、男の人の中に女といっても、私がひとり紛れても…って、意識をした事がなかったんです」
何故そんなに自分の評価が低いのか、斎藤には理解出来なかったが、斎藤もラブレターを貰ったりしていたので、何故自分なんかが…と思った記憶もあるし、千鶴が何故自分を好きになってくれたのか、自分に自信がなかったので、きっと同じ感覚なのだろうと納得出来た。
そこは納得出来たが、千鶴は自分の状況を理解してくれたのだろうかと、自分以外の男には気をつけてくれと言ってみたものの「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ」と、相変わらずの鈍感さに斎藤が卒業するまで、一年と少し。時間をかけて話していこうと心に決めたのだった。
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