になる、ふたり 撃墜編

(斎藤×千鶴)

 いつも誘うのは斎藤の方からだった。いや、千鶴からの誘いもあったが、主に「図書館で勉強しませんか」という類のものばかりで、デートというよりも本当に先輩と後輩との勉強会といったものでしかなかったのだ。千鶴なりの気遣いと、自分自身が初めての女生徒として成績を落としてはいけないという所もあったのだろう。一日中勉強をしているというわけではなく、三時間程勉強をして、その後ランチをしてデートというコースでもあったので、不満はなかった。
 しかし、この日はいつもと違っていた。
「先輩、次の土曜日…なんですけど、空いてますか?」
 つきあい始めて半年以上経つというのに、休日は恋人の物だと思わない千鶴にもどかしさを感じていた。千鶴にも友人関係があるし、斎藤にもある。だから「必ず」というのは違って当然ではあるが、もう少し千鶴は図々しくても、我侭でも良いのではないかと思っていた。
「空いているが」
 千鶴からの誘いという事は午前中は図書館のコースになるだろう。ならば昼からはどうしよう。たまには映画もいいかもしれないと、斎藤は返事をしながら考えを巡らせていたのだが
「ちょっと…行きたい所がありまして、少し遠出になっちゃうんですけど……」
「どこだ?」
 ちゃんとしたデートの誘いは初めてだった為、頬の筋肉が緩んでいたに違いないと自覚があるものの、せめて声だけは冷静でいなければと、いつもの通りの口調のつもりで返事をすると、嬉しそうにパンフレットを差し出した。
「これは…水族館か」
「はい! 実は子供の頃に家族で行ったり、小学生の頃に遠足で行ったっきりで、最近は行ってなかったんですけど、子供の頃の水族館とかなり違ってるみたいなんです。楽しそうなので…あ、勿論、先輩が魚とか苦手だったらいつものように――」
「いや、行こう」
 言い終わる前に返事をした。例え魚が苦手だったとしても、即座に苦手ではなく、好きになっていたに違いない。
「本当ですか?」
「あぁ。俺も遠足で行ったきりだった故、ふたりで楽しめるだろう」
 パンフレットを受け取ると、そこには一面の海の世界が広がっていて、ロマンチックな時間を千鶴とふたりで過ごせると、口付けを交わしてから何となくぎこちなく…暫くは互いに意識をし過ぎて、距離を縮められなかった為、少しもどかしさを感じていたから、いい機会だろうと思った。クリスマスをふたりで過ごし、少し進んだかと思っていたが、初々しい千鶴を愛おしいと想っていたし、そこをとても愛していたが、やはり恋人同士なのだから自分の腕の中で安心して欲しかったのだ。触れる度に一瞬緊張が走り身体が硬くなる千鶴にほんの少しだが淋しさを感じてもいた。勿論、ほんの少しである。千鶴の想いは充分斎藤に伝わっていたから。
「いつもよりも早く出掛ければゆっくり見れると思うんですけど」
「そうだな。ならば八時に迎えに行く」
「はい! あ、お弁当作って行きますね。食べる場所ありそうですし」
「ならば、俺も作って交換するか?」
「いえ! 迎えに来て下さるのですから、お弁当は私ひとりで大丈夫ですよ」
「そ、そうか。ならば、好意に甘えよう」

 こうして、久しぶりのデートらしいデートが出来ると、斎藤も千鶴も浮き足立っていた。このデートに沖田が絡んでいるとはこの時、夢にも思わなかったのだ。

 いくら浮き足立っていたとしても、当日、隣の窓から邪な視線を斎藤が見逃す筈が無かった。
(新八に、左之…総司に平助か)
 窓にはカーテンがかかっていて、その隙間から彼らは覗いていたので、斎藤からは見えないというのに、そこに誰が潜んでいるのか斎藤には手に取るように解っていた。そして、嫌な予感がしていた。
「斎藤先輩! おはようございます」
「おはよう、千鶴」
 千鶴に視線をやりながらも、隣の家に気配をやるとどうやら今は彼らの視線を感じなかったので、少し強引に千鶴の手を取ると「出掛けるぞ」と、足早に駅へと向かった。
(これでまけたとは思わぬが……)
 用心すれば大丈夫だろう。折角の千鶴とのデートを彼らに邪魔されたくはない。沖田が参加しているというのが気になってはいたが、飽き性でもあるから、早々に飽きてくれる事を祈った。
 電車に乗っている間もずっと千鶴の手を繋ぎ、絡めた指で千鶴の指をなぞっていた。
「せ、先輩……」
 恥ずかしそうにする千鶴が可愛くて、つい必要以上に触れたくなった。
 あの日、クリスマスの数日前に交わした口付けが忘れられないのは千鶴だけではない。斎藤もまた忘れられず、求めてしまいそうになるのだ。硬直する千鶴を見ると寸でで制御するのだが、それも限界になりつつあった。だからこうして触れてしまっては抑えが利かなくなるかもしれないから、必要以上に触れないようにしていたのに、そうとう浮かれていたのだ。
 だが、すぐに浮かれていた気持ちは吹き飛んだ。あの四人の視線で。

「見つかった場合、あんたはどうするつもりだ」
 ひそひそ話をしていたつもりなのだろうが、彼らの声は斎藤だけでなく、千鶴にも届いていた。
「やべっ、見つかっちまったじゃねぇか」
「に、逃げろ!」
 あっという間に、永倉、藤堂がその場から姿を消し、残された原田はばつの悪そうな表情を浮かべ、沖田は何が嬉しいのかニッコリと笑っていた。
「あーあ、逃げても仕方がないのにね」
 逃げても、居座ってもこの状況は変わりはしないのだが、こうして開き直るのもどうだろうと思いつつも、斎藤は永倉や藤堂よりも沖田にこの場を立ち去って貰いたいと思っていたので、勿論未だ残っているふたりの前に立ちはだかったままである。
「それで、おまえたちはこれからどうするつもりだ」
「男ふたりで水族館てのも…気持ち悪いしな。帰るとするか、総司。新八や平助も帰ってるだろうしな」
「そうですね。左之さんとふたりで見ても…面白くないですしね」

 簡単に追い払えたとは思えないが、ここで時間を食う訳にもいかないと、ふたりが水族館を出たのを見送ると「邪魔者は帰った。千鶴、何が見たい?」
 一分一秒も無駄にしたくないと、再び千鶴の指に自分の指を絡める。
「全部見たいので、さっきの続きから……」

 久しぶりに着た水族館はふたりにとって、異空間となり、いつもよりも立ち位置も近いのに、千鶴は恥ずかしがる事もなく、笑みを浮かべていた。
(こうして遠出をするのも良いな)
 千鶴の笑顔が見れるのならば。千鶴と笑顔を共有出来るのならば、これから幾らでもこの時間を作っていきたいと思いつつも、もうすぐ斎藤は三年になる。きっと今まで以上に千鶴は斎藤の時間を割いたりはしなくなるだろう。自分の管理は自分で行うとどれだけ言っても、千鶴が甘えてくる事は皆無に等しい。
 もっと千鶴を独占したい。
 端から見れば充分独占しているように見えるだろうが、それでも足りなかった。ただ、もっと千鶴が甘えてくれれば、この独占欲も少しは収まるのではないかと思うのだが、自分の事よりも他人を優先する千鶴には難しい要求なのかもしれない。
「先輩?」
「あぁ。どうした」
「あ、いえ…疲れちゃいました?」
「いや…そういうわけではないのだが……」
 折角のふたりの時間なのに、このような思案に心を奪われていては本末転倒ではないかと
「すまぬ」
「いえ」
 あ、と。千鶴が前に目をやると、そこはエスカレーターだったのだが、横、そして上が水槽になっていて、本当に異空間の中にいるような、幻想的な景色が斎藤の目にも入った。
「綺麗ですね」
「そうだな」
 吸い込まれるように、千鶴は斎藤の手を引き、エスカレーターへと足を進める。
「綺麗です」
 何度も、何度も眼を輝かせながら千鶴は右、上、左と、泳ぐ魚達に目を奪われていた。
「綺麗……」
 呟くように言うと「綺麗なのはおまえだ」と、かすめるように千鶴の唇に触れ、唇の端を少し上げた。
「せ、先輩!」
 こんな所で…そう言いたげな瞳に「誰も見てはおらぬ」と返事をするが、決して無人ではない。十二時を回ったから、先程よりも人は減ってはいたが、それでも、前、そして後ろに人はいる。
「皆、この景色に目を奪われている。だから、俺達の事等、誰も見てはおらぬ」
 言葉が見つからず、上目遣いで斎藤を睨んでいると、エスカレーターを登り切り、今度は斎藤が千鶴の手を引き、大きな柱の影へと足を向けると、そのまま千鶴を抱き込んだ。
「せん…せんぱ―――」
 言い終わる前に、唇が塞がれた。少し荒々しいあの日の口付けのように、斎藤は深く千鶴の唇を奪った。
「突然、すまない。おまえがあまりにも魚達に眼を奪われていた故、少し嫉妬した」
「えぇ?! で、でも…魚、ですよ……?」
「しかし、そのような眼で俺を見てはくれぬだろう」
 そんな事を言われても、自分がどんな眼で魚を見て、どんな眼で斎藤を見ているか等、違いが解る筈が無いが、どう考えても魚よりも斎藤を見る眼の方が想いが深いと思うのだが、斎藤には伝わっていないのだろうかと思うと、少し淋しくなった。
「千鶴はすぐに視線を逸らしてしまう故」
「先輩がじっと見るからです」
「見たいものを見て何が悪いというのだ」
「悪いなんて言ってませんよ」
「俺はいつでも千鶴を見ていたい。だから、おまえにも俺を見ていて欲しいのだ」
「み、見てますよ」
 視線が絡むとどうしても斎藤の視線が艶やかだから、視線を逸らしてしまうから、別の場所を見ている時に、こっそり覗き見するように見ていると、蚊の鳴くような声で言うと
「おまえは俺の理性を吹き飛ばすのが上手いな」
 両手で千鶴の頬を包み、視線を絡ませるともう一度、触れるだけの口付けを千鶴に落とした。

「一君って、実はむっつりだよね」
 いつものように遅刻ギリギリで学校の門をくぐる瞬間に、薫に聞かれるか聞かれないか、微妙な声で斎藤に呟く沖田に
「何の話だ」
「言って欲しいんだったら、今ここで言うけど、困るのは一君だと思うよ」
 やはり、あの後大人しく帰らなかったのか。斎藤は少しだけ顔色を変えたが、特に動じたりする様子を見せずに答えると
「何だ、つまんないの。やっぱり気付いてたんだね」
 開き直った相手をからかっても面白くも何ともないや。と、つまらなそうに教室へと向かうのだが、勿論あの沖田がこのまま大人しくしている筈が無い。おそらく、千鶴をからかいに行くだろうと、休み時間は教室を離れ、沖田に見つからないようにしろというメールを送ったのは言うまでも無い。


 斎藤さんは沖田さんにやられっぱなしではないんです。ちゃんと千鶴を守りながらも、千鶴との仲を深めていこうとしているんです。
 またまた微エロな斎藤さんになってしまいましたが、一度箍が外れると、理性を取り戻すのは難しいと思います。斎藤さんも…思春期まっただ中ですから(笑)