になる、ふたり 追撃編

(斎藤×千鶴)

 ふたりにとって、穏やかすぎる日々を送り、特に邪魔もなく…というのは語弊があるものの、端から見るとじれったい歩みに見えるけれど、確実にふたりの距離を縮めて絆を深めていた。

「なぁ、一君と千鶴ってさぁ、どこまで行ってんだろう」
「千鶴ちゃんの家までに決まってるじゃない」
「行き先はオレも知ってるっつーの!」
 毎日家に送り届けているのは周知の事実であるし、千鶴の隣の家は藤堂だから、たまに一緒に帰る事もある。極、稀に…だが。
「じゃぁ、何が聞きてぇんだよ、思春期少年」
「思春期言うな!」
 永倉以外、皆藤堂の言う「どこまで」の意味が解っていた。解っていて、はぐらかすような答えを言っていたのは藤堂の淡い恋心を封印した筈の恋心が復活してしまうのを阻止する為。
「そんな事聞いた所で、何も変わらねぇだろう」
 聞いた所で、藤堂は淋しい想いを…未だ癒えない傷に塩を塗るような物だ。
 しかし、実の所、彼らも気になっていたのは事実。付き合い出して、半年以上経つというのに、彼らの仲は付き合う前とあまり変わっていないのではないようにしか映っていなかったのである。
「あまり進展してないんじゃない? 一緒に下校して、休みの日に会っている程度なんでしょ?」
「ま、まぁな」
 休みの日はいつも斎藤が千鶴の家に迎えに来る為、藤堂も見かける事はよくあったし、千鶴が出てくる間話をする事もあった。
 ふたりでいる所を見る機会はよくあるが、ふたりの距離は縮まっているように感じられなかったのは手すら繋いでいなかったからだろう。勿論、見られるのが恥ずかしいと、知っている人の前で手を繋ぐというのを避けているという所からなのだが、それは彼らの知る所ではないが、原田はふたりが手を繋いで歩いているのは目にした事があるのは口にしなかった。
「ねぇ。今度の土曜日もデートの約束してるんでしょ? こっそり跡をつけてみない?」
「そ、総司!」
 幾ら何でもそれは野暮というものではないだろうか。そう言いかけるのだが
「面白そうだな」
「おいおい……」
「あの朴念仁がどうやって恋愛してるのか見てみてぇ、ってか」
「ちょ、左之さんまで…!!」
「何だ、平助、あのふたりの仲が気になってたんだろ?」
 それはそうだけれど…と、ごにょごにょ言葉にならない言葉を発していると
「別に平助君が行きたくないんだったら、それでも僕は構わないよ。僕は面白そうだからつけてみようと思ってるけど」
 普段何事にも積極的ではない沖田がこうも楽しそうなのはどうしてだろう。
「総司、てめぇ、斎藤の弱みを握って、遅刻の記録を消そうとしてるだろ」
 黙って聞いていた土方が口を開いたのは「沖田の狙い」に気付いたからだ。
「いやだなぁ、土方先生。僕がそんな卑怯な事をするとでも?」
「やると思ってるから言ってんだろうが」
「あははっ、その言葉、そっくりそのまま先生に返しますよ」
「何だと?」
「遅刻常習犯は僕だけじゃ無いでしょ? 土方先生もそうだし、平助君だってそうだよね」
「そ、それは……」
 自分の遅刻を挙げられては言葉が詰まってしまう。事実なのだから仕方が無いのだが、だからといって、生徒の弱みを握って自分のミスを誤魔化そうとまでは考えてはいない。
「総司! オレは別にそんな事の為に言ったわけじゃなくてさ、奥手のふたりがどうやってんのかなぁ…って……」
 大好きなふたりだから、上手く行って欲しいという純粋な気持ちから…というのもあるが、自分の気持ちを断ち切って欲しいという気持ちもあったのだ。

 そうこうあって、土曜日。沖田、原田、永倉が藤堂の家に前日から泊まり込み、斎藤が来るのを部屋で待機していた。
「あっ、斎藤の奴が来たぞ」
「あれ、何だかいつもと雰囲気違わない?」
「口元が緩んでるように見えるけど、幻か?」
「ちょ、俺にも見せてくれよ」
「しんぱっつぁん、声がでかいってば」

 隣の家でそんなやりとりが繰り広げられていると知らないふたりはいつの間にか出掛けていた。
「ねぇ。一君と千鶴ちゃん、もう出掛けちゃってるみたいだけど、いいの?」
「何っ?!」
 行くぞ! まるでどこかに討ち入りをしそうな勢いで藤堂の家から飛び出す。
「そんな殺気立ってちゃ、千鶴ちゃんはともかく、一君には気付かれると思うよ――」
 って、もう皆いないや。と、沖田はのんびりと皆の後を追いかけた。
「ちくしょう! どこ行きやがった!」
「おいおい、新八。犯人追いかけるような顔になってるぜ」
「本当だよ。それに声でけぇって。近くにふたりがいたら見つかるって」
「それより呑みに行こうぜ。斎藤と千鶴の折角のデートなんだしよ、ふたりきりにしてやろうぜ」
「呑みにって…ここに未成年がいるって解ってんのかよ、この不良教師! 土方先生にチクるぞ」
「あー、土方さんにはナイショにしててくれよ。言葉のアヤだって、な? ガムやるよ」
 ポケットの中からくしゃくしゃになっているガムを本当に取り出して差し出すが
「ガムって…オレを子供扱いしてんじゃねぇよ」
 言いつつも、朝食を食べていないので、ガムで空腹が満たされないが、何かを口に入れたいのだろう。
「何ぃ、子供じゃねぇかよ。まだまだおチビだしなー」
「だから、やめろって。あー、もー! 頭を押さえつけんなって!」
 まるで兄弟のようなやりとりを繰り広げる中
「でもよぉ、左之。腹、減らねぇか? 朝飯食って来てないから、どっか食いにいこうぜ」
 この辺にどこかいい店ないか? と、藤堂に聞くと「朝からやってる店って…どっかあったかなぁ」と、すっかり斎藤と千鶴の事が頭から抜けたようで、男女の仲の邪魔をするような野暮な事はしたくないと思っていた原田はほっとしたように「ファーストフードでいいんじゃねぇか?」と、意見を言うのだが
「ふたりの行き先だったら、僕、知ってるんだけど」
「は?」
「何で総司が知ってんだよ」
「僕が薦めたんだよ」
「だから、何でそんな話を千鶴としてんだって聞いてんだってば」

「千鶴ちゃん、何してるの?」
「沖田先輩! こんにちは」
「こんにちは。で?」
「はい?」
「何してるの?」
 と、聞かれても、どう見ても本を読んでいるようにしか見えない筈なのだが…と言いたげな視線を送りながらも
「本を読んでいます」
「うん、知ってる」
 ならば何故聞いたのだろう。あまり学校で目立ちたくないので、できればそっとしておいて欲しかったのだが、あの沖田といればどうしても目立ってしまう。でなくても、女子生徒は自分だけだから目立ってしまうので、隠れ場所を見つけてはそこで勉強したり、読書をしていたのだが、今日はたまたま図書室で見つけた本をそこで読んでしまっていたのだ。
 しまった。
 だが、後の祭りである。斎藤と付き合うようになってから、千鶴の周辺は少し変わっていた。他の生徒が近寄って来たり、ちょっかいかけたり…というのは少なくなっていた。なくなったと言っても過言ではない程に。
 しかし、逆に近付いてくる者も出てきた。それがこの沖田である。
 今までどんなアプローチにも反応を示さなかった斎藤が自分から動いて、あっという間に千鶴を恋人にしてしまったというのに、どうにも興味をそそられたらしい。
 勿論、ただそれだけ…というわけではないのだが。

「別に何だっていいじゃない。ただ、デートするならいい場所知ってるよって話をしただけだよ」
「で、斎藤達はどこ行ったんだよ」
「水族館だよ。少し遠出にはなるけどね」
 デートのアドバイスをしたのは藤堂達が後をつけるのを聞いてからだ。斎藤の事だから、下手な尾行だとすぐに気付かれてしまうから、目的の場所さえ知っていればこのメンバーで行っても斎藤達とはぐれたりはしないだろうと計算しての事である。
「いいじゃねぇか。ふたりきりにさせてやろうぜ」
「僕はただ自分が行きたい所を教えただけで、たまたま同じ日になってしまっただけだよ」
 にこやかな笑みを浮かべてしれっと言ってのける沖田に対して、何を言っても無駄だと知っている原田はそれ以上何も言わなかった。
(斎藤、千鶴。すまねぇ)
 おそらくふたりで初めての遠出ではなかろうかと想像した原田は藤堂達にも散々言っていたように「折角のデート」を邪魔したくなかったのだ。今日藤堂の家に永倉達と一緒に来たのもどうにかして止めさせられたらと思っていたからなのだが、沖田も参加すると聞いた時は嫌な予感がしていた。そして、その予感は大当たりで、一番嬉しそうな顔で原田の前を歩いている。
(何企んでやがるんだ)
 斎藤と千鶴のデートを盗み見した所で沖田の得になるような物はどこにもないように感じられるのだが。
(あー、止めた止めた。考えるのは性に合わねぇ)
 流石に直接邪魔をしたりはしないだろうけれど、何とかして尾行を阻止出来ればいいと、小さく溜め息をついて駅に向かった。

 そして、水族館。斎藤と千鶴を見つけるのに時間はかからなかった。
「あっ、手ぇ繋いでやがるぜ」
「そりゃ、付き合ってんだから手位繋ぐだろうよ」
「斎藤のくせに生意気だぜ」
「何その、のび太のくせに的な言い方」
「だってよー、俺は手を繋いでくれるお姉ちゃんがいないんだぜ?」
「単に新八っつぁんがモテねぇだけじゃん」
「何だと、平助。おまえも生意気になったな」
「意味解んねぇし」
「しー! ちょっと黙っててくれないかな。一君たちに見つかっちゃうじゃない」
「見つかった場合、あんたはどうするつもりだ」
 振り返ると、黒いオーラを纏った斎藤が立っていた。
「やべっ、見つかっちまったじゃねぇか」
「に、逃げろ!」
 逃げた所で、彼らの行動は斎藤と、千鶴の知る所となってしまった為、斎藤の怒りを受けるのが後回しにしているだけなのだが、永倉と、藤堂は真っ先に逃げ出した。
「あーあ、逃げても仕方ないのにね」
 だからといって、このように開き直るのもどうかと思うのだが、それは敢えて誰も突っ込みを入れなかった。
「それで、おまえたちはこれからどうするつもりだ」
 邪魔をしてくれるな。と言わんばかりの迫力を持って残された原田と沖田に視線を投げかけた。
「男ふたりで水族館てのも…気持ち悪いしな。帰るとするか、総司。新八や平助も帰ってるだろうしな」
「そうですね。左之さんとふたりで見ても…面白くないですしね」
 行きたい場所と言っていなかったか…と、原田は沖田の言葉を思い出していたが、ふたりの邪魔をするのに飽きたのだろうと、何も言わずにおいた。
 意外にあっさりと返事をした沖田の言動に少し驚きながらも、邪魔をしないでくれるのならばと、斎藤も何も言わずにふたりを見送った。
「邪魔者は帰った。千鶴、何が見たい?」
 何事もなかったように、踵を返し、そして当たり前のように手を繋ぎ、指を絡めた。
「全部見たいので、さっきの続きから……」
「そうだな。向こうにはトンネルになっていて、下から魚たちが見えるようになっているらしい」
「はい! 実はそれが一番楽しみだったんです」
「そうか、ならば見ていこうか。人が多い故、はぐれてはならぬぞ」
「大丈夫です。先輩が手を繋いでくれていますから」
「そう、だな……」
 互いに頬を染めながらも、漸く安心してふたりの時間を紡げると、吸い込まれるようにまるで海の中にいるような世界へと消えていった。


 ただ、あの四人にストーカーさせたみたいな…という思いつきだけで生まれた話です。
 最後の方にならないと肝心の斎藤さんと千鶴ちゃんが出てこないという感じになってしまいましたが、これは追撃編という事で。