じ、気持ち

(斎藤×千鶴)

 デートから帰り、勿論斎藤が千鶴を家に送り届けたのだが、つい先程まで一緒にいたというのに、もう寂しい気持ちになっているのは確実に恋心が育っているから。
「そうだ。先輩にメールを送ろう」
 鞄の中の携帯電話を出し、モニタを見ると待ち受けにした公園で撮ったふたりの写真が眼に入った。実は撮った後すぐにこっそり待ち受けにしといたのだ。忘れていたわけではないが、気持ちが緩んでいたので、突然の斎藤の優しい笑みは千鶴の心臓を打ち抜いた。
「先輩は素敵なのに、私ったら…緊張が顔に出てるなぁ…ただでさえ子供っぽいのに、余計にそう感じちゃう」
 斎藤は気にするなと言ったが、やはり気になってしまうものは仕方がない。だが、そのままでいい。そのままがいいと言った言葉に偽りがないのはちゃんと千鶴の心に届いていた。同じように千鶴もそのままの斎藤が好きで、自分の為に無理をして欲しくないと思っていたから。きっと斎藤も同じ気持ちな筈だ。
「うん! でも、自分を磨くのはいい事だよね。頑張ろう」
 写真の斎藤に暫く見とれていたが
「あ、そうだ。メール……」
 まずは今日とても楽しかった事、月曜日のお弁当で何が食べたいかを聞いてみるのもいいかもしれないと、文字を打とうとすると、着信音が鳴り、モニタを見ると「斎藤先輩」の文字が表示されていた。
「先輩!」

 件名:今日は楽しかった。
 また千鶴の作った料理を食べたいと思っていた故、弁当は本当に嬉しかった。美味かった。月曜日が楽しみだな。おまえのように美味い料理は作れぬが、楽しみにしていてくれ。
 参考までに、おまえは好き嫌いはあるか? 嫌いな物はなくとも、苦手な物があるやもしれぬ。教えてくれると嬉しい。
 今日は弁当を作るのに早起きしたのではないか? 夜更かしをせず、すぐに休め。
 その…公園で共に撮った写真だが、携帯電話の待ち受けにした。
 い、いや…おまえにもそうしろと言っているのではなく…その…初めての写真だった故、浮かれているのかもしれないな。

「せ、先輩も待ち受けにしてくれてたんだ」
 斎藤も千鶴との写真を欲しいと思ってくれていたと知っただけでも嬉しかったのに、同じように待ち受けにまでしてくれていたのだと思うと、本当に両想いになったのだと今更ながらに実感がわいた。
 待ち受けだけでなく、弁当の献立について聞こうと思っていた事も同じだった為、笑みが浮かんだ。

 件名:私もとても楽しかったです。
 花壇もとても綺麗だったので、色んな季節の花を見たいと思いました。また行きましょうね。
 好き嫌いは特にないです。でも、うちと同じ味付けの卵焼きは絶対に食べたいです。同じ食材の料理でも作る人によって違ってくるものですし、先輩の卵焼きと、後は得意料理がいいです。
 私も先輩に好き嫌い…といいますか、リクエストがあれば…と思っていました。作って欲しい物とかありますか?
 今日は少し早めに起きましたが、何だかすぐには眠れそうにないです。楽しすぎて気持ちが高ぶってるみたいです。
 あの…私も先輩との写真…待ち受けにしてました。同じ、ですね。

 家路につく途中、千鶴から返ってきたメールを見て、頬を染めた。まさか千鶴も同じ事をしていたとは思わなかったのだ。押しつけるような事を言ってしまっただろうか、と送信した後に後悔をしたが、一方通行の想いではなく、互いに想い合っているのだと、嬉しさから頬が緩むが口元を手で隠した。

 件名:そうだな。
 俺も嫌いな物はないが…強いて言えば豆腐が好きだ。しかし、これは弁当に不向きな食材故、得意料理があれば、それが食べたい。
 卵焼きだな。承知した。そうだな。同じ食材でもおまえのような優しい味付けにならぬかもしれないが、千鶴が作る卵焼きは俺の卵焼きと似ている。きっと気に入ってくれる筈だ。
 得意料理は和食なのだが、それでも良いだろうか。
 ち、千鶴も待ち受けにしていたのか。そうか…その…恥ずかしいが、嬉しいものだな。これから沢山写真を撮ろう。今まで写真等特に何も感じなかったのだが、おまえの写真ならば何枚でも欲しいと…思っている。

 普段口数の少ない斎藤だが、こうして口を開くと…といっても、今はメールなのだが、斎藤の発言には爆弾が仕込まれているのではないかと感じてしまう程のものが最近増えているような気がしていた。
「何枚でも写真が欲しいのは私の方です!」
 思わず携帯電話に向かって話していた。
「そっか…お豆腐、好きなんだ。確かにお豆腐だけだとお弁当には不向きだけど、ちゃんとお豆腐の味がする料理あるし、それに決まり! でも、吃驚させたいから、まだ秘密」

 件名:頑張ります!
 得意料理…とまではいきませんが、食べて貰いたい料理があるので、それを作る事にします。先輩は和食が好きなんですか? 洋食は大丈夫ですか?
 私は和食も洋食も好きです。作るのも食べるのも好きですよ。
 はい。実は写真を撮ってすぐに待ち受けにしちゃってたんです。恥ずかしいから言わなかったんですけど、同じで嬉しいです。私、先輩の彼女…なんですね。

 自分で打っていても何とも恥ずかしい文章だと思いつつ、素直な気持ちなので、そのまま送信をした。両想いになってから今日まで…いや、昨日までは片想いをしていた時と特に変わりのない日々を送っていたから、急に甘くなったふたりの関係にほんの少し戸惑いを感じていた。
 それは幸せすぎるから。もしかすると自分は一生分の運を使い果たしてしまったのではないかと感じてしまう程に。

 件名:勿論、和食も洋食も好きだ。
 作る方では洋食はあまり得意ではないのだがな。
 撮ってすぐに…か。気付かなかったな。俺はおまえを送ってすぐだ。さっきまで会っていたというのに、またおまえの顔が見たくなった故、写真を見ていたのだが、待ち受けにすればいつでもおまえに会えると思った。
 当たり前だ! 千鶴は俺の彼女だ。誰にも譲ってやるつもりはない。

 何か千鶴を不安にさせるような事があっただろうか、と今日を思い返し、送ったメールも再確認をしたが、思い当たるふしはなく、揺るぎない気持ちを言っておかねば、と素直な気持ちを綴った。

 譲ってやるつもりはない。
 こんな言葉が返ってくるとは想像していなかっただけに、千鶴の鼓動は高鳴り続け、爆発寸前だった。

 件名:あの……
 わ、私はずっと、先輩の写真を欲しいと思っていました。同じ学校ですから、毎日会えますけど、片想いの時は…休みの日に会う事なんてクラブ以外ではなかったので。だから、こうして両想いになったのが今でも夢みたいなんです。

 夢みたい。あの日からまるで夢を見ているかのようだ。こんなに何もかも…というわけではないが、上手く行っていていいのだろうかとさえ感じる程に。

 件名:いや、俺の方こそ
 千鶴の写真をずっと欲しいと思っていた。想いを告げようと決心したが、千鶴の気持ちが俺に向いているとは夢にも思っていなかった故、夢見心地でいるのは俺の方だ。

 どうしてこうも同じ気持ちでいるのか。はじめから、気持ちがピッタリと合っていたとさえ勘違いをしてしまいそうだった。斎藤も、千鶴も同じ事を考えていた。

 件名:re:いや、俺の方こそ
 似たもの同士…かもしれませんね。

 件名:(non title)
 似たもの同士、なのだろうな。

 同時に送信し、受信した言葉を見て目元が緩む。
「さっき、先輩は譲れないって言ってくれたけど、譲れないのは私の方かも…恥ずかしいから言えないけど」
 そろそろ斎藤も家に着くのではないかと、メールを送ると「あぁ、もう着いた」と、返信が届いた。先輩こそ、今日はゆっくり休んで下さいね。と返信をした。楽しくて、幸せだったのは確かだが、似た者同士ならば、楽しかったからこそ、気持ちの高揚があったから違う意味で疲れているのではないかと思ったからだ。
 着信音が鳴り、メールだと思っていたが、斎藤からの電話だった。
「おまえこそ、明日は友達と会うのだろう? 明後日からはまた学校も始まるし、クラブ活動もあるのだから、休め」
 念押しの電話というわけではないが、このままだと千鶴は夜更かしをしてしまうのではないかと危惧したからである。勿論、声を聞きたくなかったからというのもあるのだが。
「だ、大丈夫ですよ。先輩こそ、部活と委員会と勉強で毎日大変なんですから、休んで下さい。今は部屋ですか?」
「あぁ、部屋だ」
「私は…もう少しだけ起きてます。この間先輩から借りた本がもうすぐ読み終えるので」
「俺もだ。昨日千鶴から借りた本を読みたいのでな」
 あぁ、また同じだ。育った環境も、何もかもが違うのに、どうしてこうも自分と好きな物、夢中になる物が同じなのだろうか。
 どうして、いつも。
 好き。
 いつも、気持ちは最高潮にある筈なのに、いとも簡単に壁を越えてもっともっと好きになる。この想いはどこに行くのか。
 怖い。
 けれど、嬉しい。
 自分の想いに負けない位に、もっともっと好きになって貰えるようになりたいと、斎藤と千鶴は心の中に宿ったあたたかい気持ちと不安な気持ちに戸惑いを感じつつも、大切にしようと改めて思うのだった。


 好きになるという事は不安も同時に育つのではないか…と思い書きました。
 でも、途中は単にデレ合ってるだけのふたりでしたが、基本斎藤さんと千鶴にはデレていて欲しいなと…ニヤニヤしてしまいました。
 斎藤さんって、メールの文章短そうなイメージなんですが、キャラメでは結構な長文だったので、ここでの斎藤さんはキャラメから始まった物語なので、そのようにしています。