ケットに忍ばせた、想い

(斎藤×千鶴)

 千鶴と無事再会し、しかも土方の命令で「公式に千鶴を守る」事が出来ると、主に風間相手ではあったが、風紀委員の仕事も増え、斎藤は忙しい日々を送っていた。風間だけでなく、特に上級生達が千鶴を取り囲む事が多かった。千鶴と同学年の一年生は元々共学だった中学からの進学だからか、たったひとりでも女子が学校にいるのはさして珍しい環境ではなかったが、二年や三年は男子校として入り、生活をしていた為か、女生徒の存在が珍しく、しかも千鶴は愛らしく、学校のアイドルになるのは時間の問題である。共学ならまだしも、この環境での女生徒のアイドル化というのは千鶴にとっては喜ばしい事ではない。元々男子校だった学校に入った時点で、千鶴自身ある程度の覚悟は出来ていただろうし、簡単に「馴染めない」からといって、根を上げる性格ではないのは入学前に話した時に解っていた。見た目はどこにでもいる女子高生だ。しかし、彼女の中には芯があり、弱そうに見えてそうではなかった。
 クラスでも、校内でも騒がれるが、動じる事なく勉学に励んでいた。はじめは騒がしかった上級生達も落ち着きを取り戻し、千鶴を特別視する目はほんの少しだが薄れてきていた。だが、千鶴と赤外線通信をしようと企む輩は少なからずおり、勝手に通信されないよう携帯電話は常に持ち歩き、休み時間は薫がしっかりと千鶴をガードをしていたのである。
「俺の妹とメールしようなんて百万年早いよね」
 顔の造りはまったく同じなのに、表情でこうも違ってくるのかと思う位に冷ややかな顔で小柄なのに何故か見下されているような気分になり、軽い気持ちで千鶴に近付く男達を蹴散らしていたのだ。故に、今千鶴に積極的に言い寄るのは一番厄介な風間ひとりになっていた。

 以前よりは静かに休憩時間を過ごす事が出来るようになっていたが、それでも何をしていても声をかけられる為、ひとりになれる場所を探し、そこで本を読む事が楽しみのひとつだった。図書室には持ち出し禁止の本があり、借りて学校内で読めても、家に持ち帰る事の出来ない本が多数あった。
 この日もその持ち出し禁止の本を借りて、薫の目も盗み、昼休みに千鶴は実験室で読書をしていた。
「こんな所で読書か?」
 後ろから声を掛けて来たのは次の授業の準備を頼まれ、準備室へと訪れた斎藤である。
「あっ…はい。ここだと静かに本が読めるので…ってすみません。邪魔…ですか? 他の場所に移って………」
「いや、構わぬ。俺はこれを運ぶ為に来ただけだ。気にするな。いつもこんな場所で本を読んでいるのか? 図書室では読み難いか?」
「――騒がしくなる事もあるので…特に、兄がいると……」
 ナンパをするわけでもなく、ただ声を掛けただけでも「俺の妹と話をしようだなんて、おまえ…生意気だね」と、必要以上にその生徒を暫く立ち直れない位に言葉で徹底的に打ち負かすのは昔からで、それが解っている千鶴は問題が起きる前に回避出来る場合は先に自分が動くようにしていた。まだ入学して二週間足らずではあるが、薫の気性の激しさは斎藤も気付いており
「そうか。では、本を読みたい時はいつもここに?」
「いえ。屋上に行く時もありますし、音楽室も……あ、でも、先に学園長に許可はいただいているので」
 何かあれば先に学園長に相談するようにしていた。
「入学式の日、あの後に学園長と教頭とメルアドを交換したんです。色々気に掛けて下さって、特に学園長はまめにメールを下さるんです」
 学園長が…女子高生とメールのやり取り……? その言葉だけを並べるととても不純なものに感じるが、何せあのお人よしの学園長、近藤勇である。やましい内容のものではなく「毎日問題なくやっているか」「楽しく学校生活を過ごせているか」という物だろう。
「教頭先生も一度メールを下さいまして……」
「土方先生まで?」
「はい。何かあればいつでも先生や、斎藤先輩を頼るように、と」
「そっ、そうか…土方先生が……」
「はい。それに、原田先生や、永倉先生、それに山南先生や、山崎先輩も……」
「ちょ…ちょっと待て、雪村」
 次々に出てくる名前に驚きを隠せず、そもそも、土方から千鶴を頼むと言われた斎藤が千鶴の携帯番号も、メールアドレスも知らないというのに、いつの間にこれだけの人数が千鶴の携帯電話の番号を知っているのか。学園長や教頭である土方なら解る。だが、永倉や原田、山南に、そして…斎藤と同じ生徒である山崎まで何故知っているのか。千鶴に言い寄る男は全て薫の手で葬り去られているというのに、そのガードをどうやってくぐり抜けてきたのだろう。教頭の次に自分が知っておかなければならない事ではないのかと、どういうタイミングで聞けばいいのか、番号を書いたメモを渡せばいいのか考えている数日の間に彼らはいとも簡単に千鶴とメールのやりとりまでしていた。
「どうかされたんですか?」
「い、いや…その…何故…いや、いつの間に電話番号の交換をしたのだ?」
「いつの間にって…入学式の日や、次の日です」
 皆さん私の事を心配して下さって…と、全員が全員「何かあれば連絡してこい」そう言ってメモを渡してくれたのだと嬉しそうに言う千鶴に斎藤は言葉を失くしてしまっていた。どうすれば「何気なく」「さりげなく」メモを渡す事が出来るのだろうと、ポケットの中にしまってある自分の番号が書いてあるメモに手をやり、今このタイミングならば渡す事が出来るかもしれないと、メモを取り出そうとした瞬間、千鶴のポケットから振動音が聞こえ「すみません」と断りを入れてから携帯電話を開くと「あっ、沖田先輩から…」千鶴の呟いた声が耳に届いた。
「総司から、だと?」
 千鶴の携帯電話をとりあげ、メール内容が目に入る。

 件名:大好きな千鶴ちゃんへ
 今日クラブをサボるから、一緒にドーナツでも食べに行かない?

 教師達や山崎と違って、沖田からのメールは決して千鶴を心配してではなく、単に自分が楽しみたいだけだというのは文面から見ても、沖田の性格を考えてもすぐに解る事だ。
「そのメールに関しては返信する必要はない」
「さ、斎藤…先輩?」
「おおかたメルアドも勝手に赤外線通信でもしてきたのだろう。クラブをサボるのも言語道断だ」
 沖田は斎藤と同じ剣道部に所属しており、クラブ内でも一、二を争う実力を持つのだが、その才能は天性の物であり、日々の努力をする事が嫌いで、常に土方をからかう事、クラブをサボる事等、自分にとって楽しい事しか考えないある意味風間と同様の問題児である。普段から気に入った人間しか周りに置かず、好き嫌いがハッキリしている。千鶴を気に行ったのも意外だと感じていたが、千鶴を気に入るのも本能では予想していた事でもあったのだ。どこか学園長の近藤のようにお人よしで、まっすぐな性格を持つ彼女はたちまち沖田のお気に入りになり、何かと傍に置こうとするのも考えられていた事で、実は風間の次に注意しなければならない男だったのかもしれないと今更ながらに後悔をした。
 しかし、千鶴の態度は風間に対するそれとはまた違い、沖田は斎藤とも親しかったし、幼馴染の藤堂ともとても親しい間柄という事もあり、警戒心は持っていなかった。ただ、薫の目を盗み、千鶴をからかいに行くという少々厄介な行動に出る為、悪い人間ではないと解ってはいたが、どう対応していいのかと、千鶴は少々困っていたのである。
「メールの返信しなかったら、また送ってくるんじゃないでしょうか」
「では、俺が総司に返信をしておいてやろう。それと、これは俺の番号とアドレスだ。何かあれば……」
「あ、私も…メモ…」
 同じようにポケットから、メモを出し、そこには千鶴の名前、番号、そしてメールアドレスが書かれてあった。千鶴もまた斎藤に知らせようとメモを書き、いつも持ち歩いていたのだと知ると、口の端を少し上げて、千鶴からメモを受け取った。

 斎藤も千鶴も特に用のない時は電話もメールもするタイプではなく、互いにメモを受け取り、その日の内に登録したのはいいが、何か送りたいという気持ちを持ちながらも、重要な用事があるわけでもなく、アドレス帳を開くが、何も送らずに携帯電話を閉じるといった日々が続いた。
 近藤から「クラブに入ってはどうか」という提案のメールが届いた事を知り、漸く用事が出来たと、剣道部勧誘のメールを送るまであと少し。


 難産過ぎました。簡単な内容なんです。単に中々メルアドを交換出来ずにいるふたりの話なのですが、どう進めればいいのか、どこから入ればいいのか。風間さんをどう登場させるのか。単なる風間の行動を書くだけにするか、本当に登場させるべきか……と、色々書いて、消して、何度も何度も書き直しました。
 結局出逢ってすぐだというのに、即効嫉妬深い斎藤さんになってしまいました。どう動かしても、無意識だからこそこういう態度に出てしまうという内容になってしまいました。でも、千鶴以外の事ではクールです。クールな筈です。
 この続きは漸く付き合い出したばかりのふたりの話を書けそうです。