きの、はじまり 斎藤編

(斎藤×千鶴)

 三月末、既に春休みになっていたが、斎藤は学校に来ていた。それは剣道の自主練もあったが、課題で調べたい事があり、専門書が揃っている学校の図書室にも用があったからである。
 体育館には生徒は斎藤しかいなかったが、担任でもなく剣道部の顧問でもない永倉もいたが、剣道の腕前は斎藤と互角といっても過言ではない位に強く、時間が合えば打ち合いをする事も少なくはない。
 頭を使った後に身体を動かせれば…と本当は図書室で調べ物をしてから自主練をしようと思っていた。しかし、学校について早々永倉に遭遇し、今に至る。
「かー、やっぱ、おまえとの打ち合いは楽しいぜ。俺、剣道部顧問じゃねぇし、道場も最近行ってねぇから、身体がなまっちまってたんだよな。ここに来ればおまえがいるだろうと思って来たんだけど、正解だったな」
「……俺は先に調べ物をしたいと言わなかったか?」
 永倉と斎藤は教師と生徒という関係ではあるが、その関係になったのもこの学校に来てからであって、それ以前は学園長である近藤が経営する試衛館道場に二人とも通っていて、昔からの仲間でもあり、斎藤の言葉遣いは仲間同士でいる時、永倉と原田に対しては友達に対するそれと何ら変わりはなかった。勿論、他の生徒がいる時は先生として接してはいるのだが、永倉も原田も斎藤をはじめ、沖田や藤堂に対しても、生徒というよりは仲間として接する事が多く、沖田は「とりあえず先生として」接してはいたが、あくまで「とりあえず」なので、土方に対しては特に敬っているように見せかけて、馬鹿にして楽しんでいた。それを目にするといつも斎藤は窘めてはいたが、その言葉が沖田に届く事はなかった。
「まーまー、気にすんなって。シャワー室あるんだからよ」
 そういう問題ではないのだが…と、言いたかったが、しかしそれを言った所で筋肉の塊である永倉に通じるとは思えず、言葉を飲み込む。
「もう一戦してかねーか?」
「いや、調べ物をしたい」
 きっぱりと断った斎藤にどうごねても無駄だと知っている永倉はそれ以上何も言わず「んじゃ、素振りでもしてくか」と、防具を脱いで、素振りを始めた。
 汗を流してから調べ物をしようと、軽く身体を拭き体育館の近くにあるシャワーを使い、図書室へと向かうべく渡り廊下を歩いていると、ふと咲き始めた桜が目に入ったのだが、そこに見慣れない少女が感慨深そうに桜を見上げていた。うぬぼれているわけではないが、剣道部は人気があり、試合の時等、他校の女生徒に囲まれる事が多かった。しかし、今は春休みで、剣道部として活動しているわけではないので、女生徒がこの薄桜学園にいるのは他に目的があるのだろうと、もうすぐ共学になるとはいえ、女生徒は一人きりなので、男子校だった頃と何ら変わらないこの学校に女子一人で来るものではないと、窘めるべく門に向かい
「そこで何をしている」
 声を掛けると、見た事のない恐らく初対面だろうその少女が振り向き「すっ、すみません…あの…私、来月からここの生徒になる雪村千鶴です」と言われ、沢山の女生徒が受験に来たが、特殊な科目もあり受かったのはたったひとりだけだと知っていた斎藤は思わず「あんたが……」と、言葉を漏らし、同じように
「俺は来月二年になる斎藤一だ」
 自己紹介をすると「はじめまして、宜しくお願いします」深々とおじぎをし、ふんわりと笑顔になる彼女の笑顔に心を鷲掴みされたようになり「あぁ、よろしく…頼む」とぶっきらぼうに返事をした。ここに沖田がいれば「一君、もっと愛想よく笑えないの?」とでも言われただろう。沖田に続き、彼もまた女生徒から人気のある生徒ではあるが、自覚がないというわけでもないが、何故こんなにぶっきらぼうで愛想のよくない自分に言い寄ってくる女子がいるのか解らなかった。ただ、剣道が強いというそれだけで寄ってくるのかもしれないと、日々努力し、精進続けている事ではあるのだが、そこだけを見られて実際の自分の中身を知って慕われているのではないと嫌悪感を抱いていたのである。そこがまた「つれない」と更に人気を煽っているのだと本人は気付かないのだが……
 しかし、目の前にいる女子は彼女達の媚びるような笑顔ではなく、ふんわりと笑い、ずっと見ていたいと自然に思ってしまったのは一体どういう事なのだろうと戸惑いを感じていると
「桜、入学式の時には満開になっているでしょうか」
 桜の木を見上げながら呟くように言う彼女に
「そうだな」
 去年満開時に入学式を迎えた事を思い出した。一年経ったというのに、昨日の事のように覚えていて、斎藤が尊敬してやまない土方の授業を受けられると心底嬉しかった事もまた思い出していた。だが、来月共学になるとはいえまだ今は男子校であり、共学になった所で女生徒がひとりなのは彼女も知っているだろう事なのに、このような危険な…と学校をそのように思うのも斎藤自身どうかと感じながらも、何故ここにいるのか疑問になり
「学校に何か用でもあるのか?」
 もう一度彼女がここに立っている理由を問うた。
「あ、いえ。ちょっと…見たくなりまして」
「見たくなった、とは?」
「興味がある学校だったので、共学になったのが嬉しくて。頑張って勉強したんです。もうすぐ通えるのかと思うと…そわそわしちゃいまして」
 恥ずかしそうに言う彼女を前に、自分もまた試衛館道場で土方を知り、尊敬し、その延長上で彼の授業を受けたいという気持ちからこの学校に入り、入学までそわそわしていた事を思い出していた。
(俺と…同じだな)
 斎藤は試衛館道場で土方に会えたので、フライングで学校に来るという事はなかったが、もしも土方に自由に会える立場でなかったら、目の前にいる彼女のように入学前でも「見学」といって、来ていたかもしれない。そう思うと親近感を覚えずにはいられなかった。
「そんなに楽しみにしているのか?」
「はい! ここには私が受けたかったカリキュラムがあって、ずっと勉強したいって思ってたんです。この授業があるのも、施設等の環境が整っているのも薄桜学園だけで、他だと他県に行かないとなくて……」
「それで、女子が殆どいない、いや、受かったのはあんただけだから、女子一人しかいないのに、ここに来ると決めたのか」
「はい。両親…兄にも反対されましたが……」
「そうだろうな」
 はじめ、ここが共学になると知った時、正直嫌悪感を抱いていた。普段から女子は苦手だったし、共学になると言われた時の「ただでさえ、毎日剣道部の奴らを見に来る女の子達に嫌気がさしてるのに、そういう目的で入学してくる子とかいるんじゃないの?」と、うんざりしたようなクラスメイト発言を聞いた時に、今は規制されて門の前で剣道部を出待ちする女生徒はいなくなったが、それでも試合だったり、文化祭だったり、何かしらイベントごとに必ず訪れるキャーキャーとうるさい他校の女生徒達に彼自身もまたうんざりしている事を斎藤も思い出し、いい印象はあまりなかったのである。必ずミーハーな気持ちで来る女生徒は何人かのグループだったり、ふたり、三人と複数で、ひとりで行動する者はなく、それが何組も重なり、ただただうるさいだけの集団になっていくのである。それがもし、この学園を自由に行き来出来る生徒という立場になれば、この学園は一体どうなるのだろう。そう考えると恐ろしくなっていた。
 勿論、純粋にこの学園の授業を受けたいと受験してくるのならば男女関係なく大歓迎ではあるが。
 実際、そういうミーハーな気持ちから願書を取りに来る女生徒、受験を申し込んでくる女生徒が多かった。この中に心からここの授業を希望し、受けてくる生徒が本当にいるのだろうか解らずにいた。願書を取りに来る時も必ず剣道部はミーハーな女生徒でいっぱいになり、土方の眉間の皺は深くなるばかりで、練習の邪魔でしかならなかったのである。万が一そういう輩が、難しい特殊な科目が試験に含まれるこの試験をクリアし、合格したのならば学校としては受け入れない訳にはいかないのである。
 蓋を開けてみると、苦手とする女性の多い科目が沢山含まれている上に、専門的な特殊な科目も含まれている試験に合格したのは雪村千鶴ただひとりだった。しかも、優秀な成績での合格だったのである。学園長である近藤をはじめ、教職員達はこの千鶴のテストの結果に驚き、面接時での彼女のこの学園への思いは本当だったのだとえらく感動していたと土方から聞かされており、そういう生徒ならば会って話をしてみたいものだと思っていたのである。
 しかし、それを家族に話した時に、斎藤の母と姉が「よくご両親が許したわね」と言っていた時の事を思い出した。それまでは男である自分達の立場からしか考えていなかったが、例え女生徒がある程度いたとしても、少人数になるのは受験する前から解っていた事で、合格が発表され、いざ女生徒はひとりだけで、教師も男ばかりのこの学校に娘を入学させるのは家族ならば心配して当然なのだ。その件に関しては彼女の両親と学園長、教頭との間で色んな取り決めが行われたのだが、それは斎藤の知る所ではなかった。
 目の前の女子はどうやって強く反対しただろう両親を説得したのか。それは面接時に近藤や土方達の前で熱弁した時のように、いかに自分がこの学園に入りたいのか、ここの授業を受けたいと思っているのかを両親にも熱弁したのだろうかと思っていると
「でも、来月からここに通えるんですよね」
 嬉しそうに、眼を輝かせて呟く彼女に
「……時間があるのならば、少し見学でもして行くか?」
 女子との関わりを持とうとしなかったというのに、自らそのような行動に出るとは…と、言った本人が自分の言葉に驚いていた。
「い、いいんですか?」
 更に眼を輝かせて微笑む彼女をもっと喜ばせてやりたいと、自然に思っていたのである。
「今は春休み故、生徒も殆どいない。案内出来る場所は限られてしまうが、構わぬ」
「是非お願いします」
「見てみたい場所とかあるか?」
「図書室に…」
 それは斎藤が自慢に感じている施設のひとつだった。試験前に利用するのは勿論の事、普段から読書を欠かさない斎藤が毎日のように訪れる場所だったのだ。目の前にいる彼女もまた、本が好きなのだろう。そして、学校案内にも目を通したのだろう事がうかがえた。
「あぁ…うちの図書室の書物の数は他校とは比べ物にならないからな」
「ここに通いたかった理由のひとつです。本が好きで、学校に沢山本があると便利だなってずっと思ってたんです」
 やはりそうかと、感慨深そうに頷き
「そうか。では、図書室に案内してやろう」
「有難うございます!」

 普段どのような本を読んでいるのか、今読んでいる本は何なのか、他愛のない話も織り交ぜながら案内していると、広い筈のこの図書室をあっという間に回りきってしまっていた。名残惜しかったからか
「他に見たい場所はあるか?」
 尋ねてみたのだが、千鶴からすぐに返答はなく、もしや、自分の「名残惜しい」という気持ちを感づかれ警戒されたのでは…と危惧をし
「? どうした?」
 と、取り繕うように何でもない素振りで振り返り、もう一度尋ねると
「あっ…はい。行きたい所はあるんですが、そろそろ家に戻らないといけないので……」
「では、門まで送ろう」
「い、いえ。大丈夫です」
「まだここの生徒になっていないあんたが一人でいると、他の生徒に絡まれる可能性もある」
「あ…そ、そうですね。ではお願いします」
 そう言ったのは本心からではあった。しかし、もう少し彼女の傍にいたいと何故か思ってしまったのだ。その気持ちはどこから来るもので、どういう名のものなのかは解らずにいたのだが。
 何とも浅ましいと自分で感じながらも、来た道とは別の道を辿り、初対面で話を少ししたばかりだが、おそらくこの施設も気になっているだろうと思う場所を案内しながら門へと歩き始めた。
 斎藤の説明を真剣な眼差しで聞く千鶴を見て
(学年が違うのが惜しいな。共に授業を受けてみたかった。同じ授業を受けても男の俺と、女の彼女では感じる事も違ってくるだろう。それを話し合ってみたい。それが出来たら、互いの為にもなっただろう)
 自分が何とも気恥ずかしい思いを巡らせているのに気付かず、同じ教室で授業を受けている姿を想像していた。

「あの…今日は本当に有難うございました」
 先程と同じように深く頭を下げる千鶴に
「いや、礼を言われるような事はしていない」
 気恥ずかしさからか、真っすぐな彼女の視線から自分のそれを逸らすように顔を背けた。
「斎藤先輩に会えて良かったです。四月からお世話になります。宜しくお願いします」
 会えて良かった。この言葉を聞くのは初めてではない。寧ろ、うんざりする位に他校の女生徒に言われた言葉であった。だが、目の前にいる彼女に言われるととてもくすぐったく、そしてとても嬉しいと感じている自分に戸惑いながら
「あぁ、こちらこそ」
 ぎこちなく答えると、嬉しそうに先程ここで見たふんわりとした笑顔ではなく、まるで太陽のように眩しい笑顔をし、手を振りながら去っていく彼女をじっと見つめていた。
 もっと時間を共にしたかった。その思いは自然と溢れ、尊敬する土方とも沢山の時間を共にしたいと思っていたがそれとはまた違う場所にあるような気がして、このくすぐったいような気持ちは何なのだろう。そのような事を考えながらも千鶴から目が離せず、小さくなっていく背中を見つめていたら、彼女が振り返り、嬉しそうにお辞儀をすると、斎藤も左手を上げて、応えると「有難うございました」と大きく手を振る千鶴に思わず笑みが零れた。
(いつからこの場所に立っていたのだろう。もう少し早く気付いていれば、もっと長く時間を過ごす事が出来ただろうか)
 そんな事を考えながら千鶴の背中を見つめていると、斎藤の視線を感じたのか、千鶴が再び振り返った。
「……!」
 自分の視線に気付かれたのかと、気恥ずかしさからその場を去りたい気持ちでいっぱいになってしまっていたが、大きな眼を更に大きくし、その表情は誰が見ても「嬉しそう」だったので「後少しだけでも構わないから話をしないか」と言いかけ、駆け寄ろうとした時
「おぅ、斎藤。こんな所で何してんだ?」
 校庭から話しかけて来たのは教師の原田だった。自分が幾らもうすぐ後輩になるとはいえ、女生徒と共にしていたのを知られるのは恥ずかしく、門の中に入り
「あ、その…もうすぐこの桜も満開になるな…と……」
 そう誤魔化した。
「あぁ、そうだな。おまえがここに通うようになってからもうすぐ一年、か」
「そう、ですね」
「他の生徒がいない時はいつも通りの奴が、何敬語なんて使ってんだよ」
 原田の癖なのか、くしゃくしゃと斎藤の髪を触り、笑顔を見せる原田に
(もし、彼女を見つけたのが左之だったら、もっと楽しく施設に案内してやれていただろうな)
 原田は剣道部の顧問でも何でもなかったが、その容姿、そして人懐っこい性格から他校の女生徒や、薄桜学園の生徒の母親や生徒の姉や、妹等からもとても人気があった。女性を扱うのにとても慣れているらしく、その優しさからか、勘違いされる事も度々あったが、それが原因で何かトラブルが起きるというのではなく、あしらうのもまた上手かったが、だからといって人気が下降する事もなく、既婚、未婚関係なくとても女性から人気があった。勿論、兄貴分として、男からも慕われてはいたが、斎藤がよく目にする原田を見る女性の眼差しをもし千鶴がしていたら、いや、千鶴が原田に対してそのような感情を持ってしまったら…そう思うと、例え教師とはいえ、ふたりきりで時間を共に過ごさせる事がなくて良かったと感じてしまったのだ。
(これは彼女の為なのだ。人望が厚いのは解ってはいるが、決まった女性も作らずにふらふらしている左之と一緒になどさせられるか!)
 嫉妬以外の何物でもないその感情を決して嫉妬ではなく「彼女の為、当然の気持ちだ」と言い聞かせるように、何の落ち度もない原田を睨みつけた。
「お、おいおい、斎藤。俺が何かしたってぇのか?」
「左之。ここにいるという事は新八と違って、仕事があるからなのではないのか? さっさと戻って、仕事をしろ」
 何とも素っ気ない。いや、生徒が教師に対しての物言いではなかったが、その言葉を言い捨て、踵を返して当初の目的である図書室へと向かった。
「いきなりどうしたんだよ、斎藤の奴」
 斎藤の言い捨てた言葉はとても素っ気ないものだったが、僅かながらもその表情が和らいでいたので、何かいい事でもあったのだろうかと、門の外に出てみたが、そこには何もなく、まだ蕾でしかない桜に目をやり「ま、いっか」と職員室へと戻った。

 四月。その日は入学式で、校内は賑わっていた。薄桜学園の紅一点でもある雪村千鶴の入学は想像以上に上級生達いや、新入生達の注目の的になっていた。
 一目会いたい。もし可能ならば話をしたいと思っていた斎藤だが、彼女に近付く事さえ出来ず、おそらく彼女の双子の兄だろう薫の怒鳴り声を耳にした程度だった。
「斎藤、入学式が終わったら校長室に来てくれ」
 そう言われていたので、校長室に向かい、ドアを開けるとそこには会いたいと思っていた雪村千鶴の姿があった。
「あ、斎藤先輩…!」
「雪村」
「おぅ。何だおまえら知り合いだったのか?」
「知り合いと言う程ではないのですが…先月、彼女がここを訪れた時に学校の案内をしただけです」
 まさかこんな所で他の生徒に邪魔される事もなく再会出来るとは思ってもみなかったので、口元が緩みそうになっているのを抑え、返答をした。
「そうか。そうか、おまえに頼みたい事があってな」
「はい、何なりと」
「知っての通り、今年から共学になったが、受かったのはここにいる雪村千鶴一人だ。生徒会は信用ならねぇ。寧ろ…いや。とにかく、好奇な眼で見られるだろうし、馬鹿な行動を取る奴も出てくるだろう。風紀委員であるおまえにこいつを守って欲しいと思ってな」
「俺が…?」
「あぁ、いつもおまえにばかり押し付けて悪いが、こいつもおまえの事を知ってるみてぇだし、悪い印象もなさそうだ。頼めるか?」
「はい。お任せ下さい」
「すまねぇな」
「いえ」
 願ってもない事だった。元々、母と姉の言葉が引っ掛かっていたのだ。きっと好奇な目に晒され、色々と危険もあるだろう。その時、守ってやれるのが自分だったらと、そう思っていたので、学園長や教頭からそれを命じられたとなれば、堂々と守る事が出来る。
「他の生徒にも気をつけて欲しいが……」
「風間、ですね」
 一番気をつけならなければならない相手である。一体何年ここに在校しているのか解らない存在であり、何故男子校であったこの学園に「嫁探し」をしていたのかも理解不能であった。共学となり、女生徒が危険に晒される。しかも、それは複数ではなく、たったひとりなのだ。普段から横柄な態度な彼が、女生徒とはいえ、紳士な行動に出るとは思えなかった。
「あぁ、あいつが何をしでかすか……」
「風間…?」
 その素振りは既に風間と接触している以外の何物でもなかった。
「もしかして、金髪で白い学生服の……?」
「おまえ、まさか…もうあいつに何かされたのか?」
 眉間に深い皺を寄せて土方は千鶴に詰め寄り
「何かって…特には何もされてないのですが……」
「詳しく話してくれ」
 この様子だと酷い事はされていないようだったが、それでも接触した事には変わりない。一体あの男は彼女に何をしたのか、それが気になって仕方がなかった。
「合格発表の時…なんですが…兄と一緒にいる時にその風間…先輩から声を掛けられただけで、特に何も……」
「それだけじゃあるまい」
「あぁ、あの風間の事だ。怖い目に遭わされなかったか?」
「他に沢山の人がいましたし、先程も言いましたが、兄も…それに幼馴染も一緒にいましたから。あ、でも…おかしな事は…言われました」
「何を言われた?」
「我が妻……?」
(妻…だと?)
 あの男は何を考えているというのだ。もしも今が武士の時代で、自分が人を斬る事の出来る武士だったら、きっと斬り殺していたに違いないと、窓の外に視線をやった。
「俺が必ず雪村を守ります」
「あぁ、頼んだぞ」
「そうだな。斎藤君がいてくれれば、安心だな」
 何があっても自分が彼女を守る。それは自分の使命なのだと、そう心に言い聞かせて。それが恋心であるとはまだ斎藤は知らなかった。


 必要以上に長くなってしまった。多分斎藤編は長くなるだろうなとは思っていたのですが、想像以上でした。
 彼はあまり言葉にしないし、それを表に出す事もあまりないので、彼の気持ちを伝えようとすると沢山の言葉が必要になるので、斎藤さん視点の話は長くなりがちなんです。
 それはそれで面白いし、千鶴と斎藤さんの違いとして書いている方は楽しめるのですが、読んで下さる方には「無駄に長いよ」と思われないかが心配です。
 あまりにも長いので、前後篇に分けようと思いましたが、千鶴編を一本にまとめているのに、斎藤編のみを分けるのはおかしいと思い、読み難いのは承知の上で一本にさせていただきました。
 本当はシャワーを浴びずに千鶴と接触し「汗臭いのでは…」と無意識に斎藤に近付く千鶴に嫌われたくないと、ぎこちなく、距離を置こうとする斎藤さんを書きたかったのですが、それを書くと更に長くなるので端折りました。この斎藤さんは別の形で書けるといいな。