募る、想い 千鶴編
(斎藤×千鶴)
特に会話もなく、目的地の図書館につくと、まず席を確保し、それぞれが読みたい本を探しに出た。元々読む本を決めていたのか斎藤はすぐに席に戻り本を読み始める。千鶴は何冊か迷っており、パラパラと捲りながらまた棚に置いて、別の棚に行くとパラパラと捲り、少し時間をかけて物色し、沢山読もうと思っていたが、少し時間のかかる本を選び席についた。すでに読み始めている斎藤に視線をやると、真剣に読み進めている姿に一瞬見惚れてしまっていた。
(まさか、休日に会えるなんて…それも、一緒に過ごせるなんて……)
顔が綻んでしまい、それに自分で気付き、そそくさと向かい側の席に座り本を読み始めると途端に夢中になる。千鶴の近所のあまり本を読んでいる人がいない図書館と違って、とても静かで書きものをしている人や、本を読んでいる人様々で、話をしている人もいるが、小声で騒音、雑音ではなく、とても落ち着いた雰囲気のリラックス出来る場所で、この静かな時間が気に入っていたのだ。
目の前に恋する人がいるのも忘れ、夢中で本を読んでいると、解らない言葉が出てきてそれを持っていたノートに拾い出しをして、栞を挿み本を閉じて鞄に入れてある電子辞書を取り出して調べ出した。
「いつも電子辞書を持ち歩いているのか?」
ふいに声を掛けられ驚いて前を見ると、いつから見ていたのか斎藤が本を閉じて千鶴をじっと見ていた事に気付いた。
「あ、はい。高校入学祝に父が買ってくれたんです。元々子供の頃に本を読むのを勧めてくれたのが父で、解らない言葉があるといつも聞いていたんですけど、自分で調べる事を覚えなさいって、辞書を使ってたんです。でも、外で本を読む時は辞書まで重たくて持っていけないから、ノートに書いて、家に帰ってから辞書を引くようにしてたのを知っていたから……」
嬉しそうに電子辞書を触りながら言うと「いいお父さんだな」と、微笑みかけた。
「はい! 自慢の父なんです」
千鶴が微笑み返すと、少し頬を染めて目を反らして「やはり電子辞書の方が使いやすいのだろうか」と、言い千鶴の電子辞書に手を伸ばした。
「重たくないですし、沢山の辞書が入っているから便利ですよ」
ね、軽いでしょ? と、斎藤の手に電子辞書を乗せると「そうだな。使い勝手も良さそうだな…」と関心したように触り始め「もし調べたい事があれば、ここに置いておきますので、使って下さいね」と言うと「あぁ、使わせて貰おう」と、再び本の世界に戻る斎藤から意識が離れないのか、文字を目で追っても内容が頭に入らず、目の前の斎藤に気付かれないように視線をやり、盗み見るように斎藤をこっそり見つめた。
(意外とまつ毛が長いな……)
薄桜学園には教師を始め、とても格好の良い人が揃っていて、実は密かに他校の生徒等から人気があり、運動部の試合等は自分の学校のチームを応援せず、薄桜学園の選手を応援する事は珍しくないらしい。まだ入学したばかりの千鶴は目の当たりにした事はないが、それもうなづけるスター性を持つ先生や生徒がいるのは実感していた。
特に剣道部は顧問の土方をはじめ、沖田、斎藤、藤堂…と、強いだけでなく、見た目も格好の良い目立つ生徒が集まっている。藤堂は幼馴染とはいえ、とても人当たりも良く、愛らしい顔をしていて、昔から女生徒に人気があった。その明るい性格からか、特定の恋人を作るような事は今まではなかったが、今まで以上に異性の目に映るような花形のクラブに所属している彼も人気者になるだろう。それは幼馴染として鼻が高いというか、とても誇らしい事だとは思うし、沖田は剣道関係なしにしてもとても人気があるようで、本人はその気がないらしく、恋人はいないが、いないからこそ騒がれていて、たまに校門前で待ち伏せをされたり、ラブレターを渡されたり、勝手に写真を撮られたりする事もあるらしい。
斎藤は沖田のように表だって騒がれる事はないようだが、静かに慕われる事があるようで、どこから忍び込んだのか、斎藤の机の中にラブレターが入っている事もあると、耳にしていた。
(こんなに親切で、男気があって、格好良くて…他にも沢山……)
考えれば考える程、斎藤には非の打ちどころなど無いように思えて、千鶴が知らないだけで、とても慕っている人が沢山いるのではないか、と見えないライバル達を思うと不安になった。
(いつか、先輩にも彼女が出来るかもしれない。ううん、いてもおかしくないよね。でも、もし彼女さんがいたら毎日私を送るなんて事は出来ないだろうから、今はいないのかも。好きな人…とか、いるのかな。どんな女の子が好きなんだろう)
などと考えていると、目線は本の上の文字に置かれてあり、文字をなぞってはいたが、まるで内容が、言葉が頭に入っていないというのに、頁も捲り、はたから見るとどんどん読み進んでいるようにすら見えただろう。
そんな調子で頁が後少しで読み終える位に差し掛かった時に
「千鶴、読んでいる所すまないが、昼食はどうするのだ?」
声を掛けられて、壁の時計を見ると一時を回っていて、既にお昼時を過ぎていた。
「そういえば、お腹が空きましたね。先輩はどうされるんですか?」
「俺は特に何も考えていなかったのだが、おまえが良ければだが、昼食も一緒にとるか?」
願ってもない誘いだった。
「はい! あの…実は行きたいと思っていたカフェがあるんですが、そこでもいいですか?」
「もしや先日、帰りに言っていた出来たばかりのあの店か?」
「そうです。学校帰りに寄る事も出来ないし、折角今日はこの図書館に来た事だから行こうと思ってたんです」
「俺は構わぬ。では、さっそく行こうか。その本はどうするのだ? またここに戻って続きを読むのか?」
確かにちゃんと読んでいたのならば、戻ってきて最後まで読むのもいいだろう。しかし、千鶴は途中から全く内容が解らないままただ頁を捲っていただけなのである。
「いえ、この本は…じっくり読みたいので借りようかな、と思ってます。先輩はもう全部読み終えたんですか?」
本は既に閉じられ、まだ途中なのか、それとも読み終わったのか解らない状態の本に目をやると
「いや、俺もまだ途中だが、最後まで読むには時間がかかりそうだ。今日は借りようと思う」
「では、借りてきましょうか」
と、席を立ち、カウンターに向かうが、昼食は一緒に取るとしても、その後はどうするのだろう…と、千鶴は昼食を取ってそのままさようならと、なってしまうのではないか…と、また図書館に戻り、本を読むと言えば斎藤も予定がないのならば、そのまま一緒に過ごしてくれたのではないだろうか…などと頭によぎったが、幾ら予定がなかったとしても、千鶴と同じ行動をしてくれるとは限らないのだ。寧ろ「俺は別の所に行く」と言う方が普通ではないのか、と軽く落ち込んだ。
斎藤を好きだと自覚してからというもの、元々そんなにポジティブな性格はしていなかったが、ここまでネガティブな性格はしていなかった筈。誰かを好きになるとこんなにも自分に自信がなくなるものなのか…と、小さな溜息をついた。
図書館を出てカフェの窓際の席にふたりで座り、斎藤はベーグルサンドをふたつとポテトとコーヒーを千鶴はベーグルサンドとサラダとミルクティを注文した。
(ここはケーキも美味しそうなんだよね…)
と、注文をしたばかりだというのに、まだメニューを見てケーキは別腹…でも、沢山食べて太っちゃったら呆れられちゃうかもしれない、そもそもひとりでケーキを食べるのも…といっても、斎藤は甘いものは苦手そうだから、誘うのも申し訳ない。
「千鶴…ケーキも食べたいのか?」
見つめるメニューの先を見た斎藤が、千鶴が心配していた「呆れた顔」ではなく、柔らかい笑顔をしていた。
「――はい。でも……」
「でも…?」
「一人で食べるのはちょっと恥ずかしいので、今度友達と来た時にでも食べます」
小声で恥ずかしそうに言うと
「ならば、俺も食おう。だったら、あんたも食べられるだろう?」
「で、ですが…先輩はあまり甘いものお好きじゃないって…」
「あぁ、あまり好きではないが、そんなに甘くないケーキもありそうだしな」
と、メニューを覗きこんで「野菜の甘さならば」と、選び始める斎藤に「本当にいいんですか」と窺うように見つめると、頬を染めて「構わぬ」と、パンプキンプディングを選んだ。
「美味しーい」
斎藤は普段から話を沢山する方ではなかったが、それを気にする事なく、千鶴は部活の事、友達の事、家族の事、勉強の事などを千姫と話をする時とは違っていたが、ゆっくりと、相槌を打ってくれる斎藤に話をしながら、運ばれてきたケーキをひとくち口に入れると、口元を緩ませて話をするのも忘れて千鶴はケーキの味を堪能した。
「あぁ、美味いな」
「甘すぎないですか?」
「甘いが、砂糖の甘さではなく、かぼちゃの甘さだからな。これは美味い」
ケーキを食べている斎藤の姿はとても貴重ではないだろうか、とケーキに夢中になりかけていたが、目の前の斎藤から目が離せなくなり、こんな姿を次に見る事などないのかもしれないと思うと、今日は何て凄い時間を過ごしているのだろうと改めて感じると、何故それまで緊張しなかったのか解らない位、どうやって息をしていたのか、何故心臓が普通に動いていたのか解らなくなる位にドキドキしだしたのだ。
(好きな人がこんなに近くにいて、どうして普通でいられたんだろう。ううん、普通ではなかったけど、心臓が…)
段々早くなる鼓動をどう沈めればいいのか解らず、ケーキを食べる手が止まる。
「……千鶴?」
「は、はい」
「こっちの方を頼めば良かったと思っているのか?」
斎藤に言われて、恥ずかしくて斎藤を見る事が出来ずに、パンプキンプディングをじっと見つめていた事に気付いた。
「あ、えっ…と…そ、そうではないんですが……」
まさか目の前にいる斎藤を意識してドキドキしてましたと言える筈もなく、だからといって、斎藤が納得出来るような言い訳が出来るわけでもなく、もじもじしていると
「半分食うか…?」
と、フォークで切り分け、千鶴の皿に乗せた。
「あ、でも、これだと半分以上いただく事になってしまいます」
切り分けられたケーキは少し大きめだった為、斎藤の皿に残されたケーキは一口位しか残っておらず
「でしたら、私のも半分に分けますね。こっちもそこまで甘くないですし、先輩も食べられると思います」
「い、いや…俺はそんなつもりで……」
遠慮する斎藤だったが、貰ってばかりでは…と、甘すぎないケーキを選んでいて良かったと、安心しながらフルーツタルトを切り分けて、斎藤の皿に乗せた。
「果物は大丈夫ですよね? タルトの生地もそんなに甘くないですし、きっと先輩も食べられると思います」
「では…遠慮なく」
流石に乗せられたケーキを返すわけにもいかずに、食べると「あぁ、これも美味いな」と言うと、出過ぎた真似をしたのでは…と、とっさに言ってしまったものの引くに引けずに強引にケーキを押しつけてしまった事を少し後悔していたが、決してお世辞ではなく、気を遣っているわけでもなく、これまた珍しい姿を見れたのではないだろうか…と、フルーツタルトを食す斎藤をまじまじと見つめてしまうのだ。
「どうした?」
千鶴の視線を感じてか、食べるのを止めて話しかけると
「あ、その…ケーキを食べる先輩の姿って…珍しいなと思いまして」
と、正直に答えた。
「そうだな。ケーキを食べるのは本当に久しぶりだな」
「すみません…私に付き合って下さったから」
「いや、こういう機会でもないとケーキなど食べる事はないからな。少し得をした気分だ」
「得…ですか?」
「あぁ、ケーキは甘いものだと決め込んで…いや、そもそも甘いものなのだろうが、砂糖の甘さでしかないと思い込んでいたのでな。こういう野菜や果物が沢山使われているものもあるのだな…と初めて知った。それに、たまにこういうのを食べるのも良い。頭を使った後は甘いものを摂ると良いとも言われているしな」
「そ、そうですね。私の場合は甘いものが好きだから、勉強した後とか、頭を使った後とか関係なく食べちゃうんですけど」
千姫と会う時はケーキを食べる事が多い。ケーキを食べながら話をするといつの間にか時間が経っているのだ。ケーキを食べるだけでなく、ウィンドウショッピングをしていても、何をしていても楽しいから時間が経つのは早いのだが。
カフェに行った後、どうしようと考えていたけれど、そこで昼食をとりケーキまで食べていたら、千姫と過ごしている時のように気が付いたら夕方になっていた。
「そろそろ帰るか。送って行こう」
当たり前のように千鶴の分まで払おうとする斎藤を止めようとしたが
「構わぬ」
と、払ってしまった。助けて貰った上に、ランチとケーキ代を払わせてしまうなんて…と、店を出てからも「何か出来ないか」と考えていると、それに気付いたのか
「では…そうだな…今度弁当でも作ってきてくれないか?」
「お、お弁当…ですか?」
女子に奢って貰うのは躊躇われたのか、しかし、きっとこのままだと千鶴は納得しないだろうと「この間食べた卵焼きが美味かったのでな」と、言ってしまった後にとんでもない事を口走ってしまったのでは…と、頬を染め、視線を反らせて言い訳を始める斎藤に
「はい! でも、そんなのでいいんですか?」
「そんなのではない。おまえの料理は美味い!」
「で、ですが、卵焼きだけで……」
褒めてくれるのは嬉しいが、そこまで期待されていては変なものは作れない。でも、レパートリーはたかがしれているし、どうしよう…と、引き受けたものの斎藤に本当に喜んで貰えるのだろうか、と不安になりつつも、両親や薫は「美味しい」と、身内の欲目もあるかもしれないが、毎日全部たいらげてくれるので、頑張って作ろうと
「先輩はどんなおかずが好きですか?」
「和食が好きだが…好き嫌いはない。何でも構わぬ」
「じゃぁ…本屋に寄って、料理の本買って帰ります!」
「そ、そこまでしなくとも良いのだ。いつもおまえが作っているものがいい」
「で、でも……」
「そこまでして貰っては…俺もまたその礼をしなくてはならなくなる」
それでは本末転倒だろう? と、千鶴の顔を覗きこんだ。
(せ、先輩…その顔はずるいです)
甘えるような斎藤の笑顔は千鶴には眩しすぎて、今日一日でどれだけ斎藤を好きなのか、そして更に好きを重ねてしまって、この気持ちをどうすればいいんだろう。千姫にまた相談をしなければ…いや、話さない事には気持ちを持て余して何をしでかすか解らなくなっていた。
(いつか…この気持ちを先輩に伝えられたら…でも、あと少しだけ…近くにいたいから…)
初恋だから告白のタイミングが解るわけでもなく、折角こうして話が出来る関係なのに、それがなくなってしまうのが怖いが、それでもいつか自分の気持ちを正直に伝えたいと恋心が溢れ出すのを感じていた。
「今日は助けていただいて…しかも、また家まで送っていただいて…有難うございました」
「いや、通りかかって良かった。気をつけろ…と言いたいが、気をつけて避けられる事ではないからな。いつでも電話をかけてきてくれ。必ず駆けつける」
「でも、それじゃ……」
「別に俺でなくとも構わぬ。薫でもいいし、両親でも構わぬ。とにかく、必ず誰か助けを呼ぶ事だ」
「は、はい」
「また、月曜日に学校で」
「はい! 先輩も、気をつけて帰って下さいね」
「あぁ」
斎藤の姿が見えなくなるまで見送ると「まるでデートみたい」と、今日の出来事を振り返り、頬を染めるのだった。
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