きで、好きで

(斎藤×千鶴)

 いつからだろう。気がつくと千鶴の眼は彼を探してる。授業中、窓の外を見るとサッカーをしている彼を見つけた。剣道をしている姿ならば、放課後に見ているけれど、他のスポーツをしている姿を見るのが初めてで、とても新鮮だった。
(やっぱり、私…斎藤先輩の事…好き、なんだな。授業に集中しなきゃいけないのは解ってるけれど、つい窓の外を見ちゃう)
 こんな事は初めてで、戸惑いを隠せなかった。誰かに相談するにも、この学校には女生徒はいない。中学時代の友達である千に相談するにも、まだ上手く言葉にする事が出来ないような気がした。

 チャイムが鳴り、授業が終わる。運動場にいた斎藤の姿も見えなくなる。
 放課後の部活までは恐らく斎藤を眼にする事はないだろう。それは解っていても、授業の間の休憩時間や少し長いお昼休み時間も、教室から出て、おそらく風紀活動をしているだろう斎藤を無意識の内に探すようになっていた。
(我ながら重症…かも)
 自分の行動に気付くと、初めての恋にどうすればいいのか解らず、やはり彼女に相談をしようか、とメールを打った。

 件名:今日
 時間ある? ちょっと相談したい事あるんだけど…

 件名:いいよ
 じゃ、そっちに迎えに行くね。

 件名:悪いよ。
 私の頼み事なんだから。そっちに行くよ。それに、部活もあるから、ちょっと遅くなるし。

 件名:だったら尚更。
 迎えに行くよ。
 千鶴ちゃんが通ってる学校見てみたいの。例の噂も確かめないと。

 件名:だから
 もう大丈夫だし、あの噂も大袈裟になって伝わっただけだもん。

 件名:いいから、いいから。
 とにかく。そっちに行くから、門で待ってて。

 件名:解った
 じゃ、待ってる。

 千に相談出来るという安心感から、午後からの授業はいつものように受け、朝から楽しみだった部活の時間になると、走って体育館に向かうのだった。
 斎藤と土方が考えてくれたメニューをこなしていると
「千鶴…どうだ? 練習メニューはきつくないか?」
「はい。大丈夫です。最初は筋肉痛になりましたが、今はもう全然問題ないです。剣道は久しぶりだったので、思うように身体が動かなかったのですが、少しずつですが勘を取り戻せているような気がします」
「そうか」
 自分の練習に戻ろうとした斎藤に「あ、先輩!」と声をかけると「どうした?」と、振り向く斎藤の傍に駆け寄り
「今日はその…送っていただかなくても大丈夫です。あの…友達と待ち合わせをしていて……」
「しかし、その後はどうするんだ? いつもよりも遅い時間になるのではないのか?」
「そ、それは…でも、大丈夫ですから」
「どう大丈夫なのだ。あれから風間のメールはどうだ?」
「……頻繁にではありませんし、土方先生からのお達しもありましたから、勧誘のメールは着ませんが……」
「そうではない、誘いのメールは届くというわけだな」
「……はい」
「やはり心配だ。何時になっても構わぬ。帰る頃にメールをしてくれ。迎えに行く」
「でも、迷惑じゃ……」
「前にも言ったと思うが、迷惑ではない。いいから、必ずメールしてくれ。解ったな」
 千鶴が返事をする前に、いや、否定の返事は聞かないという意思表示なのか、踵を返して、自身の練習に戻る。
 斎藤の行為はとても嬉しい、一緒にいる時間が出来るのもとても幸せな事ではあるが、そうする事によって、斎藤に迷惑をかけ、勉学等の妨げになる事を危惧していた。
 夢中で練習をしていると、あっという間に時間が過ぎ、道具等を片付けると、おそらくもう門で待っているだろう千の元へと走っていく。
(先輩と打ち合いをしてたら、時間が過ぎちゃった…女子は珍しいから、絡まれてなきゃいいけど)
 案の定、男子生徒に絡まれているお千を見かけると慌てて駆け寄った。
「お千ちゃん!」
「千鶴ちゃん!」
 休日には毎週とまではいかなくても会っているが、中学時代までは毎日のように会っていたふたり。まるで何年も会っていないかのように、手をとりあって「久しぶりー」と笑い合う。あの噂を聞いてから会うのは初めてだったから、とても心配をしていたお千だが、意外に元気そうな千鶴を眼にして安心していた。
「美味しいケーキ屋さんを見つけたの。そこに行かない?」
「うん! 行く」
 お千を囲んでいた男子生徒達も、彼女達のテンションについていけなかったのか、遠巻きにふたりが去っていくのを声もかけずに見ていた。

「美味しーい」
 嬉しそうにケーキを頬張る千鶴を千は頬杖ついて見つめる。
「で?」
「ん?」
「ん、じゃないでしょ。相談って何? 勧誘の事じゃなさそうだけど…どうしたの?」
「あ…」
 久しぶりに千に会えた嬉しさと、ケーキの甘さですっかり忘れてました。という顔をされ、千は思った程深刻な悩みではないのかもしれない、と安堵するが、それでも千鶴が頼ってくる事が少ないので、心配の顔を浮かべる。
「あの…ね? あのぉ…」
 ケーキをフォークで細かく切りながら、赤面させてもじもじする千鶴。
「うん」
「あの…お千ちゃんは…誰かを好きになった事…あったっけ…そういう話…した事なかったよね……」
「好きになった事はあるけど…って、千鶴ちゃん、とうとう斎藤先輩の事好きだって自覚したの?」
「うん…って、えぇぇぇぇぇ!」
 まさか気付かれているとは思わずに、大きな声出し、慌てて手で口元を押さえた。
「最近の千鶴ちゃんからのメール、斎藤先輩の事ばかりだもん」
「そ、そそ…そうだったっけ?」
「うん、読み返してみよっか?」
 鞄の中から携帯電話を取り出し「今日初めて先輩に送って貰ったの。あまり話をする人じゃないけど、それが苦痛じゃなくて、凄く心地よく…」と、読み始めるお千に「わー! わー!わー!」と携帯電話をとりあげて阻止する。
 真っ赤になって俯く千鶴に
「で、相談ってのは?」
「……授業中も先輩の事ばかり考えちゃうし、休み時間は気がつくと先輩を探してるの…こんな事初めてで、どうしたらいいのか…解らなくて……」
「もー、千鶴ちゃんったら可愛い!」
 千鶴に抱きつきそうな勢いで、両手を握る。
「お千ちゃんは初めて誰かを好きになった時…どうだった? 中学の頃とか…あまりそういう変化がなかったような気がするんだけど……」
 姉御肌のお千はいつも女子達の相談を乗っている姿ばかりで、彼女自身が誰かに相談をするという姿を千鶴は見た事がなかった。
「私の初恋は幼稚園の時。だから、考えるよりも先に行動してたから……そりゃ、今でも誰かを好きになったら意識しちゃうし、無意識の内に探しちゃうのも解るけど、今はそんな人いないからなぁ」
「初恋は幼稚園の頃?」
「うん、保育士の先生。カッコ良かったんだよ」
「考えるよりも先に行動って…?」
「うーん、抱きついたり、ぽっぺにちゅーしたり…好きって言ったり…かな」
 姿を見るだけでドキドキしている千鶴には考えられない行動に言葉を失っていると
「ほら、幼稚園の頃だから、恥ずかしいって気持ちよりも自己主張しちゃうでしょ。恋愛だけじゃなくてさ」
「解らないでもないけど…今の私には……」
「それで?」
「え?」
「それで、どうしたいの? どうやって告白すればいいのか…っていう相談?」
「そそそそそそ、そんな…告白なんて」
 この恥ずかしがり屋の千鶴にすぐ告白なんて出来ないのは解っていたが、真っ赤になる千鶴が可愛くてついついからかってしまう。
「両想いになりたいんでしょ?」
 いつも、千鶴の想像以上の言葉をさらっと言ってのけるお千に言い返す事が出来ず「そ、そこまでは考えてないんだけど……」と、しどろもどろに答えるので精一杯になってしまうのだ。
「ただ…斎藤先輩の事でいっぱいになってしまうから……」
「いいじゃない。それに、初恋なんだから、そうなっちゃうもんじゃない?」
「でも、気付かれたらどうしよう。迷惑、かけちゃうかも……」
 こんな可愛い千鶴に意識されている事を知ったら、きっと向こうから告白してくれるのでは…そう思い、言ってみても「そんな事ないよ。迷惑…になっちゃう」と、しゅんとしょげてしまう。
「恋に正解なんてないからね。私が出来るのはただ応援して、話を聞くだけ」
 それに、とうの「斎藤先輩」をお千は見た事がないから、相談を受けるにもアドバイス出来る事が少なかった。せめて学校が同じだったら…と、そう思うのだった。
「うん、そう…だね。ごめんね、お千ちゃん」
「いいのよ。ただ話をするだけでも気分は変わるしね。でも、千鶴ちゃんはもっと自分に自信持った方がいいよ? きっと斎藤先輩も、毎日千鶴ちゃんを送ってくれる位なんだから、好意は持ってくれてるんじゃない?」
「うーん、先輩はとても真面目で、誠実な人だから、ただ女子生徒が私一人で正義感から送ってくれているだけだと思う」
「そうかなぁ」
「そうなの! 凄く、誠実な人なの」
 それは解るけど、きっとそれだけではないと、千は思ったが、見た事もない人の事に対して断言出来るわけでもなく、言葉を呑みこんだ。
「とにかく、今私が千鶴ちゃんに言えるのは自信を持つ事、かな」
「う、うん…有難う」
「じゃ、ケーキ食べよ? あと、他の事も教えてよ。うちの学校も凄く楽しくてね…」
 と、いつものように他愛のない話で盛り上がるのだった。

「あ、いけない。もうこんな時間だ。千鶴ちゃん、大丈夫? これ以上遅くなると、薫君が騒ぎ出すんじゃない?」
 必要以上にシスコンな千鶴の双子の兄を思い出したのか、苦笑いを浮かべた。
「あ、うん。そうだね。じゃ、そろそろ帰ろっか」
 店を出ると、メールを打ち始める千鶴に
「薫君にメール?」
「ううん、斎藤先輩に」
「斎藤先輩? どうして?」
「あ、あのね…今日は送らなくてもいいって言ったんだけど、いつもよりも遅くなるから、心配だって、送り届けるから帰る頃にメールをして欲しいって言われたの」
 と、頬を染めて答えると
(それって…完全に千鶴ちゃんの事好きなんじゃないの?)
 そう思わずにはいられなかった。
「じゃぁ…ここに斎藤先輩が来るの?」
 千の言葉と同時に、千鶴の携帯電話が鳴る。
「も、もしもし。あ、はい。すみません…はい。はい、あの…でも、本当にいいんですか? 部活や委員会の仕事でお疲れなんじゃ…あ、はい、はい…えっと…ここは…」
(千鶴ちゃんがメール送信してから、一分も経ってないよね…メールがくるの待ってたって事だよね…やっぱり…)
 じっと、自分を見つめる千の視線に気付かずに、今いる場所の説明を始める千鶴。
「で? 斎藤先輩はここに来るの?」
「うん…迎えに行くから、そのままいろって」
「じゃぁ、私も一緒にいていい? 斎藤先輩を見てみたいし」
「見てみたいって…お千ちゃん…」
「だって、千鶴ちゃんの初恋の人でしょ? どんな人なのか興味があるっていうか……」
(きっと、会えば千鶴ちゃんをどう思ってるか解るような気がするんだよね)
 と、暫く話をしていると
「千鶴…!」
 走ってやってくる姿が眼に入った。
「…斎藤先輩」
「すまない。待たせたな」
「そんな! わざわざ来ていただいてるのに……」
 無表情に見えた斎藤が柔らかく微笑むと
(やっぱり! 斎藤先輩は千鶴ちゃんの事…好きなんだわ)
 ニコニコとふたりのやりとりを見ていたお千に斎藤が視線をやると、それに気付いた千鶴が
「中学の頃からの友達で、八瀬千さん。こちらが、先輩の斎藤さん」
「はじめまして。いつも千鶴ちゃんがお世話になってます」
 ペコリとおじぎをすると
「いや、風紀委員として当然の事をしているまでだ」
 と、堅い言葉を返すが、ただ風紀委員として行動しているとは思えないお千は「斎藤先輩がいるのならば、安心ですね。色々噂が流れていたので心配してたんですけど…」と、答えた。
 そこで、以前千鶴が言っていた「島原女子のお千ちゃん」が眼の前にいる人だと認識をした斎藤は
「あぁ、問題ない。彼女は俺が守る」
 真剣な表情で言いきった姿に安心したのか「じゃ、帰ります。千鶴ちゃんをよろしくお願いします」と、言うと「あんたはどうするんだ? 女子ひとりで帰るのは危ない。一緒に送ろう」とどこまでも真面目な斎藤にクスクスと笑い
「私も迎えが来てるから大丈夫です。お気づかい有難うございます。千鶴ちゃん、またね」
 と、手を振り走り去って行った。

 初めて見る斎藤の私服姿がまぶしくて、千鶴はいつも以上に斎藤を見る事が出来なくなっていた。
「千鶴、どうした?」
 隣でもじもじしている千鶴を不思議に思ったのか問い掛けると
「斎藤先輩の私服、初めて見ました」
「あ、あぁ。そうだな」
 黒とグレイのストライプの長そでTシャツに、黒のパンツ、黒のGジャンという姿で、制服の時のように黒っぽい服ではあったが、やはり私服と制服では全く印象が変わり「カッコいい」と心の中で呟いた。
 斎藤も「千鶴の私服姿が見たい」そう思ったが、言葉に出来る筈もなく「きっと千鶴ならば明るい色のかわいらしい服装だろう」と想像すると頬を少し染めた。
 相変わらず、会話の少ないふたりだったが、それは決して気まずい雰囲気ではなく、心地よいその時間をお互いを想いながら過ごすのだった。


 ふたりの想いが通じ合う時まで、あと少し。


 きっとこのふたりは想い合っていても、すぐにそれを言葉にしないだろうな。まだもうちょっと両想いだけど、片想い期間が必要なのでは…と、こんな話になりました。
 っていうか、斎藤さんの私服にときめく千鶴を書きたかっただけという…(笑)