きかも、しれない

(斎藤×千鶴)

 高校に入学して以来、女生徒がひとりという事で、戸惑う事が多々あったが、折角入った学校だからと、学園長の近藤勇が勧めたように、クラブ活動をするのはいいかもしれないと、千鶴は今悩んでいた。
 教師である原田が「新しくクラブを作るのもいい」と女らしいクラブを作る事を勧めてくれたが、それだときっと部員は千鶴だけで、クラブ活動というよりも、ひとりで趣味にいそしんでいるだけのような気がして、男子生徒ばかりたちの中で…というのに抵抗はあるが、斎藤が勧めてくれた剣道部ならば…と、心が動いていた。だが、全てとまではいかなくても、どんなクラブがあって、どんな活動をしているのか、どんな雰囲気なのかを知ってから決めるのもいいかもしれない。と、悩んでいる間に沢山のメールが届き、更に迷い、悩んでいると、斎藤から「この混乱を招く原因を作ってしまった」という内容の謝罪のメールが届いた。
(斎藤先輩のせいなんかじゃないのに…)
 思えばはじめから斎藤は色々と面倒を見てくれていた。「風紀委員だから当然の事をしたまでだ」とお礼を言う度に言われたが、きっと元々面倒見のいい人なのだろう。風間に絡まれている時も助けてくれたり、何か困っていると一番に手を差し伸べてくれるのも斎藤だった。
「斎藤先輩に相談…してみようかな」

 件名 雪村です
 こんばんは。夜分遅くにすみません。相談したい事があるので、近い内にお時間作っていただけないでしょうか?

 メールを送信すると、一分もしない内に返信が着た。

 件名 Re:斎藤だ
 こんばんは。昼休みで良ければ明日でも構わないが。

 件名 Re:でしたら
 お昼ごはんご一緒してもいいですか?

 件名 Re:構わぬが
 総司達に見つかるとうるさいので、屋上かどこかで落ち合おう。

 件名 Re:解りました
 では、授業が終わったらすぐに屋上に行きます!

 件名 Re:くれぐれも
 総司達に見つからぬようにな。

 件名 Re:はい
 無理言ってすみません。明日、よろしくお願いします。

 斎藤とのメールのやり取りを終えると、リビングに戻り「何してたの?」としつこく聞いてくる薫を怪しまれながらもかわし、家族団欒の時間を過ごした。
(明日、薫もかわさなきゃ…知られたら絶対についてくるに決まってるもん)
 幸い千鶴と薫のクラスは別々だったので、千鶴にとっての一番の厄介者の薫の目を誤魔化す事は出来る。平助は「先生に呼ばれてるから」とでも言えばきっとすぐに納得してくれるだろう。
 別に藤堂に相談をしても良かったのだが、何故か斎藤からのメールを読んだ時「この人ならばちゃんと話を聞いてくれるのではないか」と、そう思ったのだ。

 しかし、部屋に戻ると、またメールが届いていた。勿論それは斎藤からではなく、いつもの勧誘のメールや、別の学校に通う友達からのメールが。それを読んで、戸惑いを感じずにはいられなくなった。

 翌日、授業が終わると予定通り藤堂に「先生に呼ばれてるから、お弁当先に食べてて」と言い、小走りで屋上に向かう。
 ドアを開けるとすでにもう斎藤がそこにいた。
「斎藤先輩!」
「千鶴、走って来たのか。急がずとも良かったのに」
 乱れた息を整えながら「誰かに見つかると…斎藤先輩に迷惑がかかるかなと思いまして」と、まっすぐに斎藤を見つめた。
「俺の事なら気にする必要はない」
「でも…今日は私が……」
「構わぬ。ともかく、昼食にしないか?」
 段になっている所に腰をかけ、購買で買ってきたのだろうおにぎりとペットボトルのお茶を袋から出した。斎藤の隣に座り、ミニトートから小さなお弁当箱とタンブラーを出し「いただきます」と言って微笑んだ。
 緑、赤、黄色…と、とても彩の良いおかずに目をやると「それは千鶴が作っているのか?」と尋ねた。
「え? あ、はい。両親共働きなので、家事を手伝ってまして、食事は私の担当なんです」
「弁当…家族のも作っているのか?」
「はい。両親と薫と私の分です」
「大変、だな」
「そうでもないですよ? 夕飯の残りを使ったりもしてますし、ひとつ作るのも四人分作るのも同じですから」
「そうか。しかし…美味そうだな」
 じっと、千鶴の弁当を見つめる斎藤に
「普通…だと思いますけど、良かったら食べてみますか?」
 差し出された弁当箱を見つめ、千鶴に視線をやり「いいのか?」と尋ねると「どうぞ」と、微笑んだ。
「では…卵焼きをいただこう」
「どうぞ」
 箸で卵焼きを取り、そのまま斎藤の口元へと卵焼きを運ぼうとすると
「……!!」
 おそらく特に何も考えてはいないのだろう。斎藤が箸を持っていないからという理由での行為なのだろうが、そのまま「あーん」と素直に口を開けられずにいると
「先輩?」
 顔を真っ赤にしながらも、折角の行為だし、箸もない…意を決して口を開けると一口サイズの卵焼きが口の中に入った。ゆっくり咀嚼をし
「美味い」
 持参したおにぎりも頬張り「おにぎりにも合うな」と、もう一度「美味かった」と千鶴を見つめた。
「卵焼きって、家によって味付けが違うじゃないですか。先輩が甘い卵焼きが好きだったらどうしようかと思ったので、お口に合って良かったです」
「俺の家も卵焼きは甘くない。食べた事がないわけではないが、菓子を食べているようだったから、飯のおかずという感じがしなかったな」
「小さな頃から食べている味が基本になりますからね。斎藤先輩の家と私の家の味は似ているかもしれませんね」
 勿論卵焼きだけで決まるわけではないですけど、何となく嬉しいです。と、斎藤を見つめ返した。そのまま千鶴も卵焼きを取り、頬張ると「うん、我ながら上出来…かな」と笑ったが、まさか自分が使った箸をそのまま拭きもせずに使うとは思わなかったので斎藤は言葉を失った。
(それは間接…い、いや、意識をしてはならぬ。千鶴は気付いていないのだから、わざわざそれを知らせるべきではなかろう)
「と、所で千鶴。相談、というのは?」
 動揺を隠しながら、強引に話を変えた。
「あ、そうです。あの…クラブ活動の事なんですが……」
「やはり、その話だったか。すまない。俺がおまえを誘ったばかりに―――」
「いえ、いえ! 先輩は悪くないです。誘っていただいて嬉しかったですし」
「しかし、勧誘ばかりされていて困っているのだろう?」
「皆さんが誘ってくださるのは嬉しいですけど、確かにどう返答すればいいのか解らない勧誘もありまして……」
「新八…いや、永倉先生の話も耳にしたが、教師までがあのような勧誘をするのは度が過ぎている。土方先生にこっぴどく叱られていたようだから、その件に関しては問題ないだろう」
「はい…あれはビックリしました」
 困ったように微笑む。
「他に耳にしたのは風間からの勧誘、山崎が剣道部のマネージャーを勧めた事…これに関しては山崎本人から報告を受けている。総司や平助もマネージャーに関して賛成をしていると聞いた」
「はい…後は薫も…風紀委員のお茶係って言いだしたり、山南先生には健康増進部というのを……」
「……そうか」
「あの…実は…クラブ活動の事でも…相談したい事はあったんですが、その前に…困った事がありまして……」
 箸を止め、俯き、酷く怯えたような顔をする千鶴に
「何か、あったのか?」
「昨日、斎藤先輩とメールのやりとりをした後に…風間先輩から…メールが届いたんです」
「生徒会に入れ…という内容か?」
「いえ…あ、そういう内容でもあったのですが。私、この間メアドを変えたのは…実は風間先輩からのメールが怖くて……メアドを変えても、すぐにつきとめられてしまうんです。一体どこから私の個人情報が漏れているのか解らなくて……」
 震える手を握り締めて
「どのような内容だ?」
「何度メアドや電話番号を変えようと、俺は必ず探し出して見せる…とか、生徒会に入るのが不満ならば『俺の嫁部』に入れ、というような……」
「何?!」
「あげくの果てに、剣道部の予算は最も低く割り当てている。とか、資金活動が足りず、すぐに廃部になるのを待っている…という内容もありました。もし…私が剣道部に入ると言えば、剣道部の皆さんにご迷惑をかけてしまうのではないでしょうか……」
「いや、予算の事等気にする必要はない。しかし…入学してから何度もおまえから番号の変更依頼のメールが届いていたのはそれが理由だったというわけか」
「す、すみません…はじめはクラスの仲良くしている人等にも教えてはいたのですが、あまりにも風間先輩からのメールが届くので、今は剣道部の皆さんと、学園長、教頭、原田先生、永倉先生、山南先生、山崎先輩位にしか教えてなかったのですが…それでも、知られてしまうというのは人から聞いて、というものではないような気がするんです」
 まだ入学して一カ月も経っていないというのに、斎藤は自身が信頼する先生や学友達を千鶴も信じているという事を嬉しく感じた。山南や総司等は…確かに行動が怪しい事もあったが、だからといって信頼出来ないというわけではないし、藤堂も少し抜けた所はあるが、そもそも千鶴と幼馴染というのもあるし、とても大切にしているのも知っていた。
「風間の事を平助は知っているのか?」
「…いえ、平助君にはまだ何も話してないんです。知らせると真っ向から風間先輩の所に向かって行きそうなので……」
 学園の中で一番仲の良い平助よりも、先に自分に相談してくれた事を知り、何とも言えない気持ちになった。
「……そうか」
「それに、具体的に、ではないけれど、おかしな噂が流れているみたいで、友達も私が困っていると知って、その子のいる島原女子に転校しないかって…メールまで届いたんです」
「……なっ!」
 あまりにもの事で、言葉を失ったのか、斎藤はただじっと千鶴を見つめるだけだった。
「転校…するのか?」
 千鶴の手を両手で握り締め、そうであって欲しくないという願いを込めて千鶴に問うた。
「あ、いえ。転校はしません。ただ、そういう手があるという事を教えてくれたのだと思います。でも、こんな事で転校なんかしません。お千ちゃん…いえ、友達は男ばかりの中で女が私一人だという事を心配しているんです」
 それは当然の事だった。双子の兄も一緒に入学するとはいえ、よく千鶴の両親も承諾したものだと改めて斎藤は思った。
「今の所、風間からはメールが届くだけなのか? 他に何かされていないか?」
 転校はしない事に安堵し、今千鶴が悩んでいる事を問い正す。
「他には…特に。ただ……」
「ただ、何だ」
「廊下ですれ違った時とかに生徒会に勧誘してきたり、二人で新しいクラブを発足しないか…とか、言われます。なるべく近づかないようには気をつけてはいるのですが、たまに…遭遇してしまうので。帰りも待ち伏せされたり、それは何とか毎回逃げ通せています」
「……やはり、帰りは俺が家まで送り届けよう」
「い、いえ! そこまでしていただかなくても…薫や平助君もいますし」
 薫は千鶴の双子の兄で、一緒に暮らしているし、藤堂も幼馴染で近所に住んでいる。斎藤の家は全く逆の方向だ。わざわざ斎藤が千鶴を送り届ける必要はないように思える。
「いや、俺が送ろう。薫がおまえの事を大切にしているのは解るが……」
 少しその愛情が歪んでいて心配だ…等と言える筈もない。千鶴以外の人間はそれに気付いているだろうが、生まれた時からそれを当たり前のように受けていた千鶴が気付く筈もなく、それを言葉にするのも躊躇われた。
「そ、それに、平助もおまえを送り届けている途中友人と出くわし、優しいおまえは自分の事は気にせず友と遊びに行く事をすすめるだろう。そうすればひとりで帰っているのと何ら変わりがない」
 登校時のように手を繋いで帰られても…と、頭によぎった事も声に出来るわけもない。
「ともかく。俺が毎日おまえを送り届ける。部活があるので、おまえを待たせる事になるだろうが、図書室かどこかで待ち合わせを…いや、それだと風間に見つかるな。そうだ。ここで待ち合わせをしよう」
「あ、あの」
「退屈させるかもしれぬが、おまえが危険な目に遭うのを避ける為だ。我慢してくれ」
「先輩。あの…私、剣道部に入りたいです」
「そうか。クラブに入るのであれば―――ん?」
「私も先輩と同じ剣道部に入部しようと思うのですが、マネージャーではなく、同じように剣道をしたいです。でも、女は私だけなので、他の方の邪魔になったりしないでしょうか…本当はこの事を相談したかったんです」
 なのに、斎藤にメールを送った後に風間からメールが届き、心配する千からのメール等も届いたから…と、続けた。
「そうか。では、待たせる事もないな。練習ならばおまえが心配する必要はない。メニューも土方先生と相談して考えるし、俺が相手してやろう」
 嬉しそうに微笑みながら話す斎藤に、千鶴は頬を染めた。普段からあまり表情の変わらない斎藤だが、千鶴の前ではほんの少しだが表情が変わる。それが何故か嬉しかった。もっと斎藤の色んな顔が見たいと思い、迷惑をかけるだろうけれど、少しずつでいい、斎藤を知りたいと感じていた。
「有難うございます」
 千鶴の手を握り直して
「安心してくれ。おまえの事は俺が必ず守る。だから些細な事でも構わぬ、何でも話して欲しい」
「―――ご迷惑じゃ…ないですか?」
「迷惑など、思ってもいない。おまえに何かあってからでは遅い」
「はい」
「携帯電話の事だが、おそらく何度変えてもどうやっているかは知らぬが、嗅ぎつけてくるだろう。相手にせぬ事だ」
 ただ、千鶴に好意を持っての行動だろう。という言葉もまた、声にしなかった。自分以外の誰かが千鶴を想っていると、千鶴に知られたくないという考えが浮かんだ時、漸く自分の気持ちに気付いた。
「他の誰にも触れさせぬ」
 小さく呟いて、繋いだ千鶴の手をギュッと握り締めた。
「え?」
 斎藤の言葉が聞こえなかったが、強く握られた手をほどきたくなくて、きっと手を握っている事を斎藤が自覚したら離されてしまう。そう思った千鶴は気付かれないようにやんわりと握り返した。

 ふたりの想いが通じ合う時まで、あと少し。


(お題配布元 「確かに恋だった」様)


 SSLのキャラメールを読んですぐに浮かんだ話です。
 とにかく、風間さんが本編と違った意味で怖いです。怖すぎです。
 それに、嫁探しに薄桜学園に通っているらしいけれど、何故男子校を選んだのか(爆笑)
 千鶴が入学した年に共学になったのに…それとも「きっといつか共学になり、千鶴が入学してくるだろう」と風間の慧眼…いや、それはないか。
 ま、キャラメールで即効千鶴にメールを送って来た斎藤さんが必死すぎて可愛すぎ。でも、本編同様素直ではない部分がまた…いいんです。
 SSLのゲームを作って欲しい。