(斎藤×千鶴)

 一見激しい感情を持ち合わせていないように見えるが、千鶴は一の心の奥にある熱い感情を持ち合わせているのに気付いたのは新選組にいた頃である。普段、表情にも言葉にもしない「何を考えているのか解らない」ように感じられるが、彼をよく知る者は斎藤一という男がどういう男なのか言葉にしなくても自然と見える事がある。
 しかし、それはあくまで一の生き方、在り方の上だと千鶴は思い込んでいた。刀に執着したのも生き方に誇りを持っていた為で、愛でる為ではなく、収集する楽しみを持っているわけではない。
 元々、屯所にいた頃から一の部屋は質素だった。いや、他の、千鶴が知る幹部達も豪華な物を買い揃える物はいなかったが、それでも癖というのものは感じられたが、一の部屋は刀と着物以外は殆ど何もなかったのだ。最低限必要な家具がそこにあるだけ。一を知る者はそれ故「斎藤一の部屋」だと解るのだが。
 ここ斗南でも贅沢品は何ひとつない。千鶴も物に執着しないし、贅沢品を羨ましく感じる事もない。似た物同士と言われればそれまでだが、少しは一に「良い物を」と考え、あまり気付かれないように着物等、厳しい冬をしのげるように良い反物を…と言っても、ほんの少しではあるが、用意し丁寧に塗っていた。でなければ、この寒いのに薄着で、しかも斗南に来たばかりの頃は夏物を着る事もあった程自分の事には無頓着者だったからだ。一もまた自分よりも千鶴に良い物を…と考えてまずは食べ物をと、買ってくるのだが、殆どが一の腹に入る事になってしまっている。簪や櫛等を見つけては「千鶴に」と、買った事もあるが、心から喜んではくれるし、嬉しそうだが「もう駄目ですよ」と、やんわりと断られるのである。今まで男物ばかり着ていた千鶴が漸く本来の姿に戻れたのだから、それまでの時間を取り戻したりは出来なくとも、少しでもお洒落をさせてやりたいと思うのは当然だと主張しても「元々そんなに着物は持ってませんでしたから、大丈夫ですよ」と、一の気持ちだけで充分だと笑みを浮かべられると何も言えなくなってしまうのである。
 屯所にいた頃は刀に対しては驚く程の拘りを持っていたが、もう刀の時代ではなくなっていたし、それを必要とする場所もなくなっていたから、今ではあの頃のように眼を輝かせる事は少なくなってる。
 一にとっての「執着」というのは誇りであり、生き方なのだ。
 ずっとそうだと思っていた。
 酒を持って、真っ赤な顔で求婚したあの日までは。

 朝、一を見送ってから、必ず先にするのは襟元を確認する事が日課になっていた。体中に入っている赤い花がどこにあるのかを確認しなければ、迂闊に外に出られないからである。大抵着物を着れば解らない場所にそれはあるのだが、以前「わざと解る場所につける事がある」と言われた事があり、それ以来確認を怠らない。もしも近所の人に気付かれ「はしたない女だ」と言われては自分以上に一に申し訳ないと思うからだ。
「でも、まさかはじめさんがこんな風にするなんて……」
 所謂「所有」の印である。
 初めての夜は何がどうなっているのか全く解らず、翌朝驚いたものだ。一体自分に何が起こったのか。病気ではないかと危惧した程である。勿論、すぐにそうでないと一の口から知らされて、羞恥で夫の顔を見れなくなってしまったのだが、それは一日では済まなかったのだ。
 毎夜、毎夜刻まれるそれはほんの少しの痛みを伴うが、それ以上に甘く感じるのは何故なのか、千鶴には解らなかった。

「あの…はじめさん……」
「何だ」
「ま、まだ、昨日の痕が残ってますし……」
「それがどうしたと言うのだ」
「一昨日の痕もうっすら残っています……」
「………」
 閨で夫婦の睦の時、まだ千鶴の意識がはっきりしている時だからこそ、今だからこそ言わなければと、ささやかかもしれないが、抵抗をして見せた。
「だから、あの……」
「嫌、か?」
「え? あの、嫌とか、そういうのではなくて…その……」
 ちゅっ、と首筋に音を立てて口付けをし、そのまま耳元でもう一度「嫌か?」と、尋ねると
「―――はじめさんはずるいです」
「そうだな」
 嫌か、と聞けばおまえが「そうだ」と言わないのを解って聞いている。と、あっさり認めるのだが、その表情は甘い。
「千鶴」
「……はい」
「好きだ」
「あ…はい。私も、はじめさんが好きです」
「だから、許せ」

 結局、その一言で全てを許してしまうのだ。
 鏡の前で襟元を緩めて確認をしていると、夕べの甘い時間を思い出し、赤面してしまうは毎度の事であるが、今日は更に赤面してしまうのは一の腕の中で意識を失う直前に独り言のように呟いた夫の言葉が頭から離れなかったかである。

「千鶴、おまえは俺のものだ。誰にもやらぬ」
「心が狭いとおまえは呆れるだろうか」
「愛おしくて堪らないのだ」
 だから、こうして千鶴に触れるのは自分だけなのだと印をつけてしまうのだ、と呟かれれば、聞こえないフリをしているしかなかった。何にも執着しなかった男が、たったひとつ、千鶴にだけ執着心を見せるのだ。
 誰も一から千鶴を奪う者等いないというのに。
「私ははじめさんだけのものですよ」
 恥ずかしい気持ちは変わらないが、数え切れない程感じた「この人についてきて良かった」と、改めて思うのだった。


 斎藤さんが執着するのは千鶴だけなんだろうな。
 刀にも執着してたけど、それは志の為ですからね。
 土方さんや近藤さん、新選組の、試衛館のメンバーに対して「信頼」を持っていたけど、執着とはまた違うので。
 とある小説を読んだ時に感じた独占欲が斎千で浮かんだので、気持ちのままといいますか、勢いのまま書いてしまいました。