の願い
(斎藤×千鶴)

「織姫と、彦星かぁ……」
 赤く暮れていく空を見上げて、きっと満点の星空になるだろう雲ひとつない綺麗な空に向かって溜め息をついた。
「溜め息等ついて、どうしたのだ」
「はじめさん! お帰りなさい」
「ただいま、千鶴」
 それで、溜め息の理由は何だと言わんばかりの視線を千鶴にやると
「今日はきっと満点の星空になるだろうなと思っていたんです」
「それが何故、溜め息になるのだ」
 一同様、千鶴もまた星空が好きで、ここ斗南に来る前もふたりでよく眺めたものだったが、このように溜め息をつきながら見上げる事は決してなかった。
「織姫と彦星の話は知っていますか?」
「あ、あぁ。離ればなれになり、年に一度しか会えぬというやつか」
「折角一緒になったのに一年に一度しか会えないなんて、淋しいだろうなって思っていたので」
「しかし、それは自業自得故」
 恋仲になり、添い遂げたはいいが、遊び惚けた為、離ればなれになったのだ。仕方のない事だろうと、続けた。
「そうなんですけど、ずっと…なんですよね」
 千鶴は決して遊び惚けたりはしない。寧ろ働き者である。だから、彼らのような間違いを起こしたりはしないが、相手を想う気持ちは彼らのそれと何ら変わりは無い。といっても、それを理由に仕事を疎かにしてまで…という気持ちは理解出来ないのは千鶴も同じであったが、愛しい人を待つ淋しさを知っているからか、一年に一度だけの逢瀬のふたりの気持ちに寄り添うように暗くなり始めた空を見上げた。
「それでも、一生会えないというわけではない。年に一度だけだが、会えるのだ」
 不幸せだとは一概には言えないと、一は呟いた。
(俺は…もう二度と会えないと、思っていた)
 待つなと、言ったからであるし、いつ謹慎が解けるか定かでは無いのだから離れた方が千鶴の為だと、自分もまた辛い気持ちを抱える事になるが、千鶴の幸せを思えば自身の辛い気持ち等とるにたりない事だった。
(織姫を想っていたのならば何故、恋情を堪え仕事に励まなかったのだ)
 自分ならば、と考えが及びそうになった所で苦笑いを浮かべた。
「千鶴、一年に一度だけとは言え、もう二度と会えない者達と比べて、彼らは幸せ者だ」
「そうですね」
 自分達もまた二度と会えない運命だったかもしれないのだ。千鶴が待っていてくれなければ。いつになるか解らないのに、千鶴は一を待ち、今こうして夫婦となって隣にいる。それの何と幸せな事か。
 だからというわけではないが、もう二度と会えない人々の為というのはおこがましいが、彼らの分まで自分達は命が尽きるまで添い遂げようと改めて思った。

「そういえば、今日は七夕だったか」
 夕餉を済ませて、短冊に願い事を書きませんかと千鶴に言われて漸く今日が何の日か気付いた。織姫と彦星の話をしたのに…と、相変わらずそういう事に疎い夫に短冊を渡した。
「願い事、か」
 もう叶ったような物だと、笑みを浮かべながらも「しかし、願い事がないわけではないか……」と、呟いた。
「私も叶ったような物ですけど――」
 それでも、更なる願いが生まれてしまった。
「千鶴は何を願うのだ?」
「えっ…? はじめさんは?」
「おまえが言ったら教えてやろう」
「ずるいです……」
 ずるくはない、と千鶴が何を書くのか覗き込むべく隣に座ると、短冊に視線をやる。
「欲深くなってしまったので」
 言葉にするのはおこがましいのですが…と、書こうとするのだが
「やっぱり恥ずかしいです。はじめさんも書いて下さい。一緒に書いて、見せ合うというのはどうでしょうか」
「仕方あるまい」
 少し残念そうに一は千鶴から短冊を受け取ると、互いに見えないように背を向けて願い事を書く。ちらりと振り返ると嬉しそうな顔を浮かべた千鶴が黙々と書き綴っている。
(そういえば、新選組にいた頃にも書いた事があったな)
 あの時の千鶴の願いは「父様が見つかりますように」だった。それを見た原田は「その願いは俺達が叶えてやるから、もっと他の事を書け」と、千鶴の頭をぽんぽんと撫でた。それ以外に特に願いはないと言うと「じゃぁ、僕の願いを千鶴ちゃんも書いてよ」と、沖田は連名してくれと自分が書いた短冊を千鶴に渡すのだが
「金平糖が食べたい、だぁ?」
 覗き込んだ土方が呆れ顔で短冊に書かれた文字を読み上げると
「うん、かりんとうと悩んだんだけどね。今は金平糖が食べたいからさ」
「そんなものを願ってんじゃねぇよ。給金で何とかしろ」
 取り上げて破り捨てた。
「酷いな、土方さん」
 もう一枚ちょうだいと千鶴に短冊を貰おうとするのだが
「どうせ総司は碌な事しか書かねぇんだから、渡す必要はねぇ」
「じゃぁ、金平糖はやめるよ」
「金平糖をやめるだけで、次はかりんとうでも書くんだろう」
「違うよ。饅頭かな」
「どれも一緒だろ」
「じゃぁ、土方さんは何って書くんですか?」
「俺か? 俺は…自分で叶えるからいいんだよ」
「へぇ、カッコイイね」
 言いながらも、心がこもっていないように見えるのは何故だろうと思いながらも、千鶴は「実はとても仲がいい」と思っているふたりのやりとりを楽しそうに見ていた。
「斎藤さんも書かないんですか?」
 永倉は「芸妓さんにモテたい」と書き、原田は「美味い酒が呑みたい」と書き、藤堂は何にしようと迷っていたのだが、斎藤はただ縁側に座って彼らを見ていただけだったのだ。
「俺はいい」
「願い事は自分で叶えますか?」
「いや、俺は……」
 自分が願うのは新選組の行く道の事。それをこんな形で願うのは違うからと、参加せずにいたのである。
「では…刀とかも、ですか?」
「刀、だと?」
「はい。例えば、今だったら手に入れる事が出来るけれど、昔手に入れられなかった刀とか……」
「っ…!!」
 思い当たるふしがあったのか、一瞬眼光が鋭く光るのだが
「いや、そういうのは巡り合わせだと思うようにしている」
 沢山持っていても仕方が無い。趣味で手にする者もいるが、斎藤が刀を手にするのは自分の命を、志を守る為。だから、良いのだと薄く笑みを浮かべた。
「左之も言っていたが、綱道さんの事は俺達に任せてくれ。だから、あんたはもう少し欲を持っても良い」
「はい。有難うございます」
 ならば、今願うのは皆さんの事だけですと、千鶴も笑みを浮かべたのだった。

 叶えてやる。叶えてやりたいと思っていたのに、それは哀しい結末を迎える事となり、一は結局千鶴の願いを叶えてやれていないと改めて感じると、今千鶴が願う事を自分が叶えたいとそっと後ろから千鶴の短冊を覗き込んだそこに書かれてあったのは

 ずっとはじめさんの傍にいたい。

 と、書かれてあった。
「その願いは俺でなければ叶えてやれぬな」
「!! は、はじめさん!」
「だからというわけではないが、俺の願いはおまえに叶えて貰いたいと思っている」
 そう言って一は自分が書いた短冊を千鶴に手渡した。

 末永く、千鶴の傍にいたい。

 一の短冊にもまた、同じ願いが書かれてあった。


 タイトルは鈴木雅之さんの曲名からいただきました。
 この時代に一年に一度の逢瀬というのは決して不幸せではなかったのではないか…と思ったのがキッカケでこんな話になりました。
 でも、甘い七夕の話もいつか書きたいなぁ。