がい愛

(斎藤×千鶴)

 戦争は終結を迎え、新選組は…幕府は負けて長い徳川の時代も同時に無くなってしまった。新選組が戦った意味は何だったのだろうと考える時もある。でも、こうして考える時間があるというのは本当に戦いが終わったからなのだと改めて気が付く。
 お千ちゃんへの文をしたためながら、まるで昨日の事のように鮮やかに思い出す。
 斎藤さんは戦争の後、会津藩士として謹慎処分を受ける事となって、私は…「待つな」と、斎藤さんに言われてしまったけど、そんな事出来る筈もない。斎藤さんに着いて行くって決めた時にもう心は斎藤さんにしか向いてなかったし、何年先になるかは解らないけれど、謹慎が解けて斎藤さんが出てきた時に待ってる人が…もしもいなかったら…なんて…ううん、ただ私が斎藤さんの傍にいたかったから。ただそれだけで、待とうって決めた。でもただ待ってるだけなんて嫌だったし、斎藤さんの身体が心配だったから、何とか変若水の毒を少しでも薄める薬を作れないかと、天霧さんが言っていた私の故郷の水が良いという情報だけを頼りに、薬を作って、私がそれを作ったとか、関係していると、もしかしたら飲んで貰えないのではないかと思い、天霧さんには私の事を伏せて届けて貰ったおかげで、斎藤さんは薬を飲んでくれて、発作も少なくなってきてるみたいだと知った時は嬉しかった。
 おまけに……
 おまけに、斎藤さんが私の心配をしていたと、気に掛けていたと、決して言葉ではないけれど、態度がそう言っていたと天霧さんが言ってくれた時も嬉しかった。私の事を忘れないでいてくれてる。少しでも…好き…だなんて想ってくれていたらいいな…なんて、思った。きっと、斎藤さんは「待っていろ」と言えば何年も、何十年も待っているに違いないと思って、私の為に別れを言ったんだと、斎藤さんの優しさを誰よりも感じてたから、それは解ってたし、きっと逆の立場だったら私もそう言ってたかもしれない。だから、斎藤さんを責める気持ちはないけど、自分もそうするって思うのに、恨めしい気持ちになってしまっていた。
 斎藤さんの馬鹿。
 何度も、何度も叫びそうになったけど、それ以上に私は…斎藤さんが好きだった。今も、好き。きっと今も苦しくても苦しいと言わず、与えられた道を全うしているに違いない。だったら、私も与えられた道ではないけれど、私が行くべき道を全うするだけ。
 例え、何十年先でも、私は斎藤さんを待っていたかったし、こうして斎藤さんの事を考えながら行動しているのは幸せだった。お千ちゃんも傍にいてくれてるし、天霧さんも私を気遣ってくれている。斎藤さんが心配している「元幕府関係の者」に対しての嫌がらせをお千ちゃんも天霧さんも同じように心配してくれていて、私は…実はそんなに気にしてなかったのだけど、お千ちゃん以上に天霧さんに凄く怒られてしまった。あれだけの戦争を目の当たりにしていたのに、と呆れられてしまったのだけれど。

 まさか、私が薬を作り、待っていたと夢にも思わなかったみたいで、とても吃驚させてしまったけれど、長い謹慎の間も私を想ってくれて、傍にいたいと思ってくれていて「一緒に、来るか」と、今はここ斗南にいる。
 驚いたのは斎藤さんが少し過保護気味な所。元からそうだったのか、それとも…会えなかった時間が斎藤さんをそうさせたのかも。でも、元々心配性だったのは知っていた。どれだけ身体が辛く、昼に起きているのは苦しかったのに、変若水の毒を何とか和らげられないかと、江戸の実家にひとりで行った時も追いかけてきてくれた。だから、父様に会って、辛い事実を知る事となったけど、ひとりじゃなかったから、乗り越えられた。
 斎藤さんが心配性なのは私の行動のせいなのかもしれないけれど、私だけじゃ無く、仲間思いでもあったから、元からの性格なんだと思う。
「千鶴、これを……」
「あ、お帰りなさい」
 振り向くと斎藤さんが仕事から帰ってきていた。
「すみません…気付かずに、お迎え出来なくて……」
「いや、構わぬ」
 慌てて斎藤さんの元に駆け寄ると「これを」と、包みを渡してくれた。
「斎藤さん、これは…?」
「!」
 包みをあけると、魚の干物が入っていた。買ってきて下さったのかな……?
「これ、どうされたんですか? 斎藤さん」
「………」
 黙ったままで、どうしたのだろうと斎藤さんの顔を見ると、怒っているような、哀しんでいるような…何とも言えない表情を浮かべていた。
「すみません。考え事をしていて、つい…斎藤さんが帰ってくるのに気付かなくて、お迎え出来なかったんです。明日からはちゃんと――」
「それは構わぬ、と言わなかったか」
「ですが……」
 何か言いたそうだけど、言わないのは私がちゃんとお迎えしなかったからそれが不満なのではないかとしか思えなかった。
「斎藤さん…?」
「俺は斎藤さんではない」
「え? 確かに今は藤田五郎さんと名乗ってますけど……あ、はじめさん…でした」
 一昨日、斎藤さんが…ううん、はじめさんとふたりで祝言を挙げたんだった。その時に夫婦なのだから、氏で呼ぶのはおかしいと指摘されて、何度も練習をしたんだった。昨日は…ずっとお布団の中にいて、そこでもまた名前を何度も呼ぶ練習というか、呼んで欲しいと言われて、慣れた筈だったんだけど、どうしても長い間「斎藤さん」と呼んでいたから、仕方が無いんだけど……
「……決めた」
「え?」
「これからおまえが斎藤さんと呼んでも返事をしない事にする」
「ど、どうしてですか?」
「そうでもしなければ、おまえはずっと斎藤さんと呼び続けるだろう」
「そんな事ありません! ただ、今はまだ癖が抜けないだけで」
「いや、そのように呑気でいるから癖が抜けないのだ」
「でも、そんなに急ぐ必要はないと思いますけど」
「急ぐ必要がない、だと?」
 殺気を感じたのは気のせいではないと思う。
「一年もすれば、自然に斎藤さんをはじめさんと呼べるようになっていると思いますし」
「一年も我慢出来る筈なかろう」
「そんなにもかからないですよ」
「そういう問題ではない。俺は一日ですら待てぬ」
「そんな……」
「千鶴は俺の名を呼びたくないのか?」
 呼びたいに決まってる。だって、女が男の名を呼ぶというのはそれだけ親しいという証でもあるのだから。
「ずっと平助が羨ましいと思っていた」
 どうして、ここで平助君が出てくるんだろう。
「俺もあの時、おまえに名で呼べと言っておけば良かったのか……!」
 いつの間にか斎藤さ…はじめさんは壁に向かって独り言を言っていて、ちゃんと聞き取れずに「はじめさん…?」と、呼ぶと
「千鶴!」
 振り向いて、私は斎藤さんの腕の中にすっぽりと入っていた。斎藤さんは決して大きな方ではないけれど、小さくも無い。新選組には背の高い人が多かったから、小柄に見えてしまう事もあるけど、こうして腕の中にいると、大きな人なのだと思うし、ずっとこの腕の中にいたいと…思う。
「はじめさん、もうどこにも行かないで下さいね」
 離れていたのははじめさんが御陵衛士に行った時と、謹慎処分を受けていた時。今日、お千ちゃんに祝言を挙げた事を文に書いていたから、色々思い出してしまったからか、離れていて淋しかった気持ちも思い出してしまったからか、このぬくもりの中にずっといたくて、斎藤さんの背中に手を回した。
「おまえには適わぬ」
「はじめさん…?」
「一応、今俺達は喧嘩…という程ではないが、その…話し合い…というのも違う気がするな。頼み事をしていたというのも違うな。どう言えばいいのか解らぬが、そのように甘い言葉をおまえに言われる話をしていなかった筈だが」
「ふふっ、そうですね」
「俺はおまえの傍を離れぬ」
「約束ですよ?」
「あぁ」
 千鶴、と祝言を挙げてから私の名を甘い声で呼ぶようになって、その声を聞くと顔を上げるのが恥ずかしくなった。だって…声だけじゃなく、きっと眼も、表情も…甘いに違いないから。
「千鶴」
 もう一度呼ぶ声が聞こえたので、視線を上げると、斎藤さんの顔が近付いてきた。
「んっ…」
 あの時の口付けは…きっと、今ここにあるふたりを誓う為の口付けだったに違いないなんて思いながら、私は眼を閉じた。

「ともかく、これから千鶴が俺を斎藤さんと呼んでも返事をしないと決めた故」
 祝言を挙げたと隣家の人に報告をするとお祝いだといただいた魚を焼いた物を加え、静かな夕餉の途中、いきなりさっきの会話の続きを始めたはじめさんに
「そ、そんな……」
「返事をして欲しいのならば、早く慣れる事だ」
 少し勝ち誇ったような笑みを浮かべる人に、困ったな…と思いつつも、目の前にいる人が私の旦那様で良かったと、はじめさんの事が本当に好きなんだと、改めて感じた。好きな人と…愛する人と一緒になれるのは女にとっては奇跡に近い。名前を呼ぶ練習を隣の部屋に置いてある黒うさぎでしようと翌日から始めたけれど、自然にはじめさんをはじめさんと呼べるようになるのはもう少し先の話だった。


 千鶴視点の話が書きたいな…と、ただ斎藤さんが好きだと感じる話にしたいと書き始めたらこんな話になってしまいました。
 斎藤さんが祝言後に「斎藤さん」と呼ばれて返事をしなくなったキッカケって何だろうとふと思い、そのエピソードも入れてしまったのですが、私は斎藤さんが名前呼びに拘る話が好きなようです。
 タイトルはまたまたB'zの曲名からいただきました。