てだま

(斎藤×千鶴)

 外出所か、部屋から出るのも禁じられ、何か手伝いが出来れば、そう思い願い出てみるが許可される事もなく、ただずっと部屋で過ごすだけの日々を送っていた。
「父様……」
 父、綱道の行方も解らないまま、千鶴自身こうして今は生きているが、もしかするとここから出る事もなく命を絶たれてしまうかもしれない。思考は悪い方へとしか向かず、次第に表情もなくなっていった。
 当番で幹部達、沖田、永倉、斎藤、藤堂、原田が部屋の前で監視を行っており、千鶴が沈んでいくのは皆手に取るように解っていた。誰だってこのように監視され、部屋から出られない日々を送れば気持ちが沈んで当然である。それでも、食事で顔を見せる時は気丈に振る舞い、何でもないようにただ前を見ていた。
 何とかしてやりたい。
 千鶴の健気な姿を見て斎藤は力になってやりたい、そう思いつつも外出を許可してやる権限も持っていない斎藤には何ひとつ出来ず、泣く事すらせずじっとひとりで部屋にいる千鶴をただずっと部屋の外で見守るしか術がなかった。

 土方に自分が意見をするなどもっての外だ。しかし、綱道の行方は千鶴が京に来る前から探していたが、全く解らないまま、手掛かりすらない状態で、このまま千鶴をどうするつもりなのか、部屋からも出さずにまるで飼い殺しのような生活を送らせるのか、疑問を感じずにはいられなかった。だが、斎藤にどうする事も出来ず、ただ巡察に出かけ、稽古をし、当番もこなして千鶴の監視をしていた。ただ、言われるがままに。
 この日もまた、朝の巡察を終え、隊服を脱いでそのまま千鶴の部屋へと向かうのだが、千鶴の部屋の前には当番の筈の沖田の姿が見えなかった。
 またサボったのだろうか。今更千鶴が逃げるとは思えないが、もし、何かあってからでは遅いと、速足で部屋の前に行くと、沖田の声が部屋の中から聞こえて来た。
「何をしている」
 戸を開けると、沖田と千鶴はおてだまで遊んでいるように見えた。
「おてだまで遊んでるんだけど、一君の眼にはそう映ってないのかな? もしかしておてだま…初めて見る?」
 解りきった事を聞く斎藤に、嫌味たっぷりの返事を振り返りもせずにし「次は僕の番だね」と、千鶴が持っていたおてだまで遊び出した。
「ほら、僕の方が上手だよね」
 何だか恐ろしい気配を纏っているような斎藤を目の前に、おてだまを続ける沖田と一緒に楽しめず、オロオロと沖田と斎藤を交互に見つめた。
「どうしたの? 千鶴ちゃん。ほら、君の番だよ」
 まるで後ろの斎藤がいないかのようにニッコリ笑いながら、おてだまを千鶴に渡すが
「で、ですが……」
 とてもこの雰囲気の中無邪気に遊べないと、手渡されたおてだまを見つめていると
「ほら、一君が威圧的な顔をするから、遊べなくなっちゃったじゃない」
 漸く振り向いて、不満気な顔を斎藤に見せるが、だからといって「すまなかった」と斎藤が出て行く筈もなく
「おまえはここで何をしている」
「何って、監視してたんじゃない」
「遊んでいた、の間違いではないのか」
「固い事言わないで欲しいな。こうやって千鶴ちゃんと向き合っていれば、逃げられる事もないし、僕も廊下で座ってるだけだなんて退屈だし、だったら一緒に遊べば監視にもなるから一石二鳥だと思わない?」
「それはおまえの屁理屈というものだ」
 軽々しく千鶴を名で呼ぶな、とも言いかけたが止めた。千鶴を名で呼んでいるのは沖田だけではない。こうして部屋から出ないのであれば、他の隊士に見られる事も、聞かれる事もなかろうと、口を閉ざした。
「この後、一君が監視の当番だよね? じゃ、僕は為坊達と遊んでこようかな」
 渋い顔をしている斎藤を気にする事もなく部屋を出て行こうとする沖田に
「あ、あの! 沖田さん、これ……」
 おてだまを差し出すと
「僕が持ってても仕方がないから、君にあげるよ。気が向いたら遊んであげるね」
 あっという間に庭に出て、姿が見えなくなった。
 残されたふたりに会話もなく、返す事の出来なかったおてだまで遊ぶ訳にもいかず、困惑したままの斎藤を見た時「すみません……」と、小さく謝った。
「何故おまえが謝る」
「な、なんとなく…です」
「どうせ総司が押し付けたのだろう。おまえが謝る必要はない」
「これ…お返しした方がいいのでは……」
 申し訳なさそうに赤や桃色の生地で作られたそれを今度は斎藤に差し出した。
「俺が持っていても、捨ててしまうだけだ。持っていろ」
 持っていろ、と言われてもこのような状況下で部屋でひとりおてだまをする訳にもいかないと、床に置いた。確かに、ひとりで遊んでいても面白くもないだろうと思いつつも、外に、部屋から出してやる事すら出来ずにいるのに、ただ何もせず部屋でずっと過ごさせるのは忍びないと、斎藤も感じており、開いたままの戸を閉め
「相手しよう」
 先程沖田が座っていた場所に、千鶴と向き合う形で座り、床に置かれたおてだまを千鶴の手に乗せた。
「あ、あの……?」
「やり方が解らぬ故、教えてくれ」
 いいんですか? 監視の仕事があるのではないか、という視線を投げかけるが
「総司はたまたま気まぐれでやった事だろうが、一石二鳥だというのも道理だ。あんたも……退屈だっただろう。土方さんには俺から話をしておく故、気にせず教えてくれ」
「はい。では…まず両手でひとつづつ持って……」

 普段無表情なのに、上手く出来ずに慌てた表情や、悔しそうな顔を浮かべる斎藤の違う一面を見られたようで、ずっとひとりで過ごしていたからというのもあったのだが、千鶴は何とも嬉しかった。元は気まぐれで沖田が用意されたおてだまだったが、こうして今斎藤の手によって遊ばれているのが不思議だった。
(どうして相手して下さっているのかな……)
 実は藤堂はたまに部屋に入ってその日あった事等話をしてくれる日もあったり、原田は菓子をみやげに持ってくる事もあり、部屋から出る事はなかったが、ずっとひとりで過ごしている訳ではなかったのだ。沖田も相手する事もあったが、それ以上に嫌味を言われる事の方が多かったのだが、それでも誰とも話さず、ただ一日を過ごすだけよりはずっとマシだったのだ。
 思いがけず千鶴の相手をする羽目になり、普段あまり見せない千鶴の笑顔を目の前にして、沖田が気まぐれで始め、決して千鶴を気遣っての行動ではないと、千鶴自身も気付いているだろう。それでも、きっとこうして笑顔を浮かべていたのではなかろうか。藤堂が時に土方に怒られながらも、千鶴と話をしていたのは気遣う気持ち以上に、彼女の笑顔が見たかったからなのだろうか。斎藤もまた、この笑顔が見たいと思うようになっていたのだ。
「今日の巡察で、綱道さんらしき者を見かけたという情報が耳に入った」
「えっ…父様を……?」
 おてだまをする手を止めて
「今までもこのような情報がなかったわけではない。しかし、綱道さんだと断定出来る物ではなく、結果綱道さんではなかったという報告ばかりで、あんたに期待を持たせるだけ持たせて、違っていたと話すのは酷だと、言わなかったのだ。おそらく今日仕入れた情報も断定出来るものではない。今までのように別人だった可能性の方が高い。だから言わずにおこうと思ったが、それだと全く何も事が動いていないのではないかと、おまえも不安だろう。話せる内容は限られてくるが、これからは話そう。勿論、土方さんの許可を取ってからだが」
 突然の話に驚きを隠せないものの、千鶴をまっすぐ見つめる眼に嘘偽りはないと、寧ろ千鶴を思っての言葉だと知り
「有難うございます」
 深々と頭を下げた。
 決して「新選組が何もしていない」という言い訳をする為の言葉ではない。今まで何も言われなかったのは斎藤の言う通り、ただの噂だったり、人違いだったのだろう。それはただ千鶴を期待させるだけのもので、心から望んでいる情報ではないから、無駄に哀しませない為にという配慮もあったのだと知ったのだ。
 羅刹の、新選組の知られてはいけない闇を知ったから、千鶴はもしかすると明日には命がないかもしれない。千鶴が自ら誰かに話す事はなくても、敵方に捕まり、無理矢理吐かされるという危険があるからだ。新選組の、彼らの意向ではなかったとしても、千鶴の命の保証は誰にも出来ない。だからこそ、斎藤は千鶴に対してもてあました気持ちがあり、どう対応すればいいのか、解らずにいたのだ。人質のような扱いをしつつも、まるで保護をするような形を取っていたのには土方の考えがある。それがはっきり解るまでは千鶴に対して藤堂や原田のような接し方をしないでおこうと決めていた。
 今もまだ土方の考えは聞かされていない。しかし、段々と表情が曇り、眼に光がなくなっていく姿を見るのが辛くなっていたというのもあった。
 千鶴に落ち度は何一つない。ただ、運が悪かっただけだ。ましてや綱道の娘だ。今はどうしているのか解らないままではあるが、幕府に呼ばれた医師の娘だ。ぞんざいに扱っては幕府を敵に回さないとも限らない。千鶴は微妙な存在である。
 斎藤もどうすれば良いのか解らなかったが、それでも、このまま千鶴の心が死んでいくのが怖いと感じた。まさか自分がおてだまをする日が来る等と想像すらしなかったが、この日以来、時々千鶴の相手をするようになっており、それに気付いた沖田があやとり等、新しい遊び道具を千鶴に与え、斎藤が一緒にするのをからかうのが、土方がいない時の遊びにするようになるのだが、原田や藤堂も一緒に遊ぶようになり
「誰がここで油を売ってもいいっつったんだ」
 いつの間にか千鶴の部屋が溜まり場になり、それが見つかると土方の怒鳴り声が響くようになり、斎藤は少し自重するようになるのだが、外出許可が出るまで、せめて話相手でも、とただ黙って部屋の外に座っているだけでなく、時に綱道が江戸にいた頃によく行っていた場所等を千鶴に聞きながら、いつか新選組から離れる日の為に、笑顔でいられるようにと、力になろうと心に誓ったのだ。


 単に斎藤さんとおてだまをする可愛い話にするつもりが、何だか暗い話になってしまいました。
 時代設定を捕まって間もない時にしたからなのかもしれない。でも、外出許可が出る前の方が説得力あるかな…と思ったので、そのまま書きました。