く運命はその手の中に

(斎藤×千鶴)

 婚姻して五年。漸く授かったふたりの子供は千鶴の腹の中で順調に育っていた。日に日に千鶴の腹は大きくなり、動くようになり、一は愛おしそうに腹に耳をあて、優しく撫で、普段あまり子供と接する事のない一だったから、苦手なのではないかと勘違いをしていたが「嫌いではない。ただ、寄って来ないだけだ」と、普段の彼が纏う雰囲気が子供を寄せつけるものではない自覚はあるらしいが、それを特に変える必要もないと、自分に関わっても特に面白いものではないと、ただ自分から接しなかっただけなのだとこの時初めて知ったのだ。
 妊娠したと気付いた時、はたして一は喜んでくれるだろうか、それとも困惑するのだろうか…だが、折角授かった命、愛する夫との子供を産みたいと、恐る恐る俯き加減で報告をする千鶴の両肩を抱き「そうか…」と、何とも嬉しそうな表情を浮かべ、そのまま千鶴を抱き締めたのだった。
 鬼の子になってしまう。その気持ちは強かった。今まで授からなかったのは千鶴自身が躊躇い、そして一もまた躊躇う気持ちから来るのではないか。そう考えた事もあった。
「鬼の…子…になってしまいますが」
「では羅刹の子、でもあるな」
「そ、そんな……!」
「俺と千鶴の子。ただ、それだけではないのか?」
「はじめさん……」
「気にするな。といってもおまえは気にするのかもしれぬが、俺は嬉しい」
 その一言で千鶴の少し沈んでいた気持ちが無くなり、きっとふたりで大切に出来る。守ってやれるという自信が漸く生まれた。母親になる覚悟は妊娠に気付いた時に出来ていたが、子の将来、運命を考えるとそれまでは中々自信を持てずにいたのだ。

「男だろうか、女だろうか……」
 腹をさすりながら呟いた一に、半分とはいえ「鬼の子」だから、女は生まれにくいのではないか。千鶴はそう思って…いや、男だろうと確信していたが
「はじめさんはどちらがいいですか?」
 そう尋ねると
「元気な子であれば、どちらでも良い。ただ……」
「ただ?」
「俺ではなく、おまえに似ると良い」
「どうしてですか?」
 千鶴は鬼である自分よりも一に似た子がいいと思っていたし、恐らく長生き出来ないであろう一に似た子が欲しいと、そう感じていたのだ。勿論それを口にする事は出来ないのだが。
「このように仏頂面の俺よりも、表情豊かなおまえに似た方が幸せになれるだろう」
「え……?」
「おまえは愛らしい故」
「私は…はじめさんに似た方が幸せになれると思います」
「何故そう思う?」
「はじめさんは芯が強くて、真っすぐで、それにとても優しいです。だから、そんな風になって欲しいです」
 それらは全て千鶴が一緒にいて助けられた事だ。一も、そして新選組の幹部達もよく一の事を「仏頂面」だとか「無表情」だとか言っていたが、千鶴は決してそう感じた事はなかった。確かに「豊かな表情」ではなかった。しかし、眼はいつも心の奥の気持ちを現わしていたし、千鶴の前ではよく笑みを浮かべていた。斗南に渡ってからの一は特に意外な表情を見せる事も多くなり、そのどれもが心があたたかくなるものばかりだったのだ。それをどう言えば伝わるのだろうか。いや、解って貰えるのだろうか。幾度も言葉にして伝えている事ではあったが「あばたもえくぼだ」そう返されるばかりで、言葉の真意は伝わっていないのに不満を感じており、今日こそは何とか信じて貰いたいと言い回しを考えていると
「では、ふたりに似た子だと幸せになれるな」
 顔を上げると、何とも面映い表情をした一が千鶴をじっと見つめていた。
「そうですね」
 生まれてからでないとどちらに似ているか解らないし、例え「どちらが良い」と願った所でその通りになる筈がないのは知っている事ではあるが、それでもふたりとも、愛する妻との、夫との子なのだからと、子の幸せを考えずにはいられなかったのだ。

「先に名を決めておいた方が良いのではないだろうか」
 名に思い入れの強い、名前呼びにあれほど拘った一だからこその言葉だろう。大きくなった千鶴の腹をさすっていたが、紙と筆を取り出した。
「親の名と同じ文字を使うというのも良いが、俺の名は「一」と一文字故、何度も使えるものではないな」
 既に次の子の名まで真剣に悩む姿もまた愛しくて
「同じ字でも良いですが、生まれた日と関係のある文字を名に入れるのも良いかもしれませんね」
 それだと、二人目、三人目…と、名をつける時に一と関連した名をつけてやる事が出来るのではと提案してみるのだが
「しかし、それだと千鶴と関係した名をつけてやる事が出来ぬ。やはり互いの名を……」
「いえ。私の名は子につけたくないです」
「一という文字は何人にもつけられる文字ではない。俺は生まれた日が由来になっている故、二男だがこの字をを使っているが、一人目で使ったのならば、二人目から使うのはおかしいが、千春、千里…と、おまえの名ならば何度でもつけられる」
 嬉しそうに一は紙にすらすらと書いていく。千鶴は書かれた文字を哀しそうな表情を浮かべ
「私の名を使うのは嫌です」
 きっぱりと、これだけは譲れないと言わんばかりの意思表示に驚きを隠せず、筆を置き千鶴と向き合った。
「何故?」
「もしも使うのならば、鶴という文字だけにして下さい」
 そう言った時に、一はとあるふたりの名が浮かんだ。
「もしや……」
「はい。確かではないのですが、恐らく「千」の字は鬼の名を示すものだと思います。それでなくとも、私の氏は鬼を示すもの。氏を名乗る事はありませんが、もしも知られる事となって、子の名前に「千」の文字が入っていたら間違いなく鬼だと知られる事になってしまいます」
 風間はもうこの世にいないが、風間のような鬼がこの先いないとは限らない。万が一娘が生まれた時に狙われてしまう恐れがあるし、娘でなくとも、鬼というだけで何かに利用されるような事になるのが千鶴は怖かったのである。
「しかし、天霧や不知火のように「千」の文字の入らぬ名を持つ鬼もいるだろう」
「ですが、お千ちゃんも、風間さんも頭領といいますか、家を継ぐ立場です。もしかすると私の両親のどちらかの名も「千」の字がついていたのかもしれません。私の名がそうだったように」
 雪村という氏、そして「千」の文字を持つ子は鬼を示す物。確信はなかったが、間違いではなさそうだった。子の氏は「藤田」となるが、万が一母の氏を知られる事となってしまい「千」の字を持つ名と重なって「鬼の子」だと知られてしまうのではと危惧する千鶴の気持ちは理解出来た。
「解った。では互いの文字を使うのはよそう」
「いえ。はじめさんの文字は使いたいです。はじめての子ならば特に使いたい字でもありますし」
「しかし、女子の名として使える字ではなかろう」
「では、男の子が生まれた時ははじめさんの字を使いましょう。女の子が生まれた時は…そうですね。もうすぐ春ですし、はじめさんとの思い出もありますから、桜の字を使うのはどうでしょう?」
 思い出。それは御陵衛士として新選組から離れた時に舞ってきた桜の花びらを千鶴が「欲しい」とねだり、それをずっとお守りのように大切にしていたものだ。そして勿論今でも大切に保管してあった。ふたりの思い出ではあるが、千鶴の一への「変わらぬ物」であり、一にとって桜の花びらは千鶴の想いそのものだと感じていた。
「桜、か。良いかもしれぬ」
「はい!」
 机に向き直り「桜」の字を嬉しそうに書く一の後ろ姿を見て、たかが名前の事なのかもしれないが、こんなに真剣に悩み、そして子の幸せを願ってくれているのならば、もし鬼の子だと知れたとしても、一の血を受け継ぐ子ならばきっと強く生きてくれるのではないかと感じ「あなたの父様はこんなに素敵な人」なのだと、早く伝えたい気持ちでいっぱいになるのだった。


 ゲーム本編でも明かされてはいなかったのですが、多分「千」の文字は鬼を示す、しかも一族の頭を示す文字なのでは…と思うのです。だから天霧さん、不知火さん、そして薫には「千」の字が使われていなかったのではないのだろうか。
 この時代は特に「男が家を継ぐ」ものだから、薫ではなく、千鶴に「千」の字がつけられているのは…おかしいと思わなくもないのですが、女鬼は貴重というのもあって、鬼の世界では女の方が強いといいますか、家を継ぐ者として扱われていたのではないのかなと思いました。沖田さんのルートで薫が南雲家でどのような待遇だったのか、薫自身が言ってましたしね。
 斎藤さんルートの千鶴でも名前の持つ意味に気付いただろうし、絶対に子に鬼を示す「千」の字は使わない。使いたくないだろうなと思った時にこの話が浮かびました。史実の斎藤さんの子も息子だけでしたが、当然史実の子とは違うので、全く違う名前を考えたのですが、あまりにも架空過ぎるので「こうだ」という名をここでは書きませんでした。
 随分前に浮かんだ話なのですが、漸く形にする事が出来ました。
 タイトルはB'zの曲名からいただきました。