渦巻く夜空 2 (斎藤×千鶴) 会津藩士の家族や彼らの傍にいた女子が襲われているという話を耳にした。会津藩士は謹慎生活でいない。国の為を思い戦ってきても、賊軍になり、負けてしまってはそれまでの行動は全て無になり、狙われる対象でしかなくなる。力のない女は狙われる対象になりやすい事は想像に容易い。千姫が千鶴を匿っているとはいえ、どれくらいの鬼の力があるのか解らない。千鶴のように傷の治りが早いだけなのかもしれない。そんな状態で千鶴を守れるのか。自分自身を守るので精一杯なのではないか。不安は募る。天霧から貰った薬はまだある。次に持ってくるのはいつになるのか、いつも次に来る日を言わずに突然現れる。薩摩から離れて行動をしているらしいが、薩摩に属する者としての仕事があるに違いない。決して暇なわけではないのは解っている。だが、次に来るのはいつになるのか、今日か、明日か。まるで恋人を待つような心境だとおかしく思えたが、女子が襲われたと、噂を耳にする度に生きた心地がしなかったのである。 「千鶴は無事だろうか」 天霧が待つ部屋に入った瞬間口にしたのはこの言葉だった。 「無事、ですが……」 いつも眼で千鶴の事を心配しているのは誰が見ても明らかだった。聞きたいけれど、聞かないでいる斎藤の気持ちをくんで先に「千鶴は平和に暮らしている」とたまに天霧から言うようにしていたのだが、それを口にしない斎藤が急ぎ足で来て、乱暴に戸を開けて何故開口早々、その言葉を口にしたのか。 「何も起こっていないのだな? 怪我や、誰かに襲われた等…そのような事は何ひとつ千鶴の身には起こっていないのだな?」 食ってかかるように天霧の胸座を掴んで詰め寄る斎藤の態度を見て、この頃起こっている女子が襲われている事件が斎藤の耳に入っていた事に気付いた。 「千鶴なら大丈夫です。外に出る時は私や、君蝶、千姫が必ず傍にいるようにしています。今は女子の姿をしているので、多少欺く事は出来るでしょうが、男装していたとはいえ、彼女が女である事は見るものが見れば解る事ですから。無茶な事はさせないようにしてますし、そのような事件が起きているから、ひとりで行動するような事をしてはいけないと、話してあります」 「外出?」 「えぇ。監禁させているわけではありませんからね。町が安定していないのは解っていますが、外に出ない生活をさせるわけにもいきません。だから必ず誰かと共に出かけるようにと、千姫が言っているようです。勿論、千姫もそのようにしてます。女子同士だからこそ危険性を伝える事が出来るようです」 「そ、そうか……」 襲われていない。その事実に安堵した斎藤は掴んでいた天霧の胸座から手を離し「すまない」と、気まずそうに視線を反らした。 「薬です」 「いつもすまない」 「いえ、供血反応は少なくなっていると思いますが、持っておいて損はない」 「あぁ」 まだ沢山という程ではないが、前回貰った薬は残っていた。天霧の言うように、供血反応は少なくなっている。だが、不安はあった。このまま羅刹の血が本当に薄れてくれるのか、再び暴走する事はないのか。自分で選んだ道とはいえ、あの苦しさは尋常ではなく、このまま散っても構わないと思いながらも、千鶴が涙する姿が目に浮かぶ度に、生きて一目見るだけでいい。それだけの為に生きよう、そう思うのだ。眠れない夜もあった。その時はいつも千鶴を想い、渦巻く空を眺めた。 謹慎生活が解け、久しぶりに外に出ると、斎藤の目の前には天霧が立っていた。 「おめでとうございます」 めでたいものなどあるかと、そういう視線を天霧にやるが、彼には恩があった。反論はせず「何用か」と聞いた。 「君は私がこの薬を渡す理由を聞いたが、誰がどのような意図でこの薬を作ったのか聞かなかった」 「それは…おまえたち鬼が研究したものではないのか?」 「確かに、鬼が…研究したものではありますね」 天霧が斎藤の後ろに視線をやったので、つられるように斎藤も振り返ると、そこには 「斎藤さん……」 千鶴が立っていた。 「千鶴!!」 驚きと、千鶴は遠慮からふたりが歩み寄る事が出来なかった。 「斎藤の身を案じ、陸奥まで行き、その水と彼女の血で薬を作り、君に薬を渡して欲しいと頼まれました。勿論、千鶴が作っていると、彼女からだとは言わないで欲しいと口止めをされていたので、言わなかったのですが、あなたも都合よく誤解してくれているようなので助かりました」 後は直接君から千鶴に尋ねて下さい。そう言うと、風のように天霧が去った。 |