髪を結う
(斎藤×千鶴)
斗南に移り住み、千鶴はもう男装の必要はなくなっていたが、長年の癖というものは中々抜けず、髪は相変わらず高く結い、江戸の実家から自分の着物を持ってきて、きちんと女子の着物を着ているというのに、髪型だけが男のそれと同じままだった。千鶴はそれに気付いていないようで、斎藤も千鶴の女子の髪型は島原潜入時に見たその時しか知らず、特に違和感を持つ事がないまま暮らしていた。
仕事の帰り、たまたま見かけた店で櫛を見つけ、千鶴の喜ぶ顔を思い浮かべながら、斎藤は家路に向かっていた。
「千鶴、ただいま」
そう言うと奥からバタバタと笑顔で「斎藤さん、おかえりなさい」と迎える千鶴に「これを…」と紙で包んだ櫛を手渡す。
「開けてみてもいいですか?」
「あぁ」
ゴソゴソと包みを開け、櫛を取り出すと
「いいんですか?」
「ここに来てから何も買ってやれてないからな。着物の一枚でも…と思ったのだが、こんなものですまない」
「いいえ。嬉しいです」
涙で目を潤ませながら見つめると、斎藤は頬を染めて少し視線を反らして高く結いあげた髪をほどいて、櫛を通す。綺麗な髪だ…そう思いながらも、口下手な彼がそれを簡単に言葉にする事が出来ずにただ、愛しい人の髪に触れていた時に、ふと、千鶴がいつも男装をしていた時と同じ髪型をしている事に気付く。
「千鶴、結い紐を」
「え?」
「俺が結ってやろう」
千鶴の返事を聞く前に結い紐を取り、慣れた手つきで右肩の下でひとつに纏めて結んだ。
「斎藤さん……」
「もう男のように高く結い上げる必要はない」
「あ…私…」
女物の着物を着ているというのに、髪型だけが男装していた頃のままだったのに、あまりにもそれに慣れ過ぎていて鏡で自分の姿を見ても違和感を持たなかった事に驚いていた。それだけ千鶴だけでなく、斎藤の中でも高く結った髪型が自然になっていた。
鏡で自分の姿を見た時、斎藤が自然に結ってくれた髪型が、以前斎藤の髪が長かった頃と同じだった事に気付き、きっと斎藤自身の癖が無意識に出たのだと思うと懐かしくて、これからずっとこの髪型をしようと思うのだった。
|