雪うさぎ 3
(斎藤×千鶴)
斎藤の着物を見立てた時に余った端切れを使い、白いうさぎよりも少し大きめの黒いうさぎを作り、机に飾られた白いうさぎの隣に並べた。眼の色は勿論斎藤のそれと同じ碧いガラス玉を探してつけた。
「黒いうさぎに碧い眼…おかしくないかな」
それでも、千鶴の作った黒うさぎはどう見ても斎藤を思い出させる姿だったので、千鶴の顔も綻んだ。もしかすると、斎藤もこんな気持ちでお手玉うさぎを見ていたのかもしれないと思うと、そんなに昔から千鶴を想っていた事を知り嬉しくなった。
黒うさぎを抱き締め、斎藤がそうしていてくれたら…と思いながらも、黒うさぎが斎藤にしか見えなくなってそっと口付けをすると
「……何故、俺ではなくうさぎにするのだ」
後ろからの突然の声に吃驚して、振り向くと不機嫌そうな顔をした斎藤が立っていた。
「あ、帰られていたんですね。気付かずにいてすみません。おかえりなさい、斎藤さん」
「あぁ、ただいま、千鶴」
言いながらも不機嫌な顔はそのままで、しかめた顔のまま千鶴をじっと見つめていた。
「あ、あの…これ出来ました」
「そのようだな」
「白うさぎの隣に並べても良いでしょうか……」
「元々その為に作って貰ったのだが」
「そ、そうですよね!」
慌てて白うさぎの隣に並べ「おかしくないでしょうか」と振り向くと、眼の前に斎藤の顔があり、そのまま唇を重ねた。
「ん!」
ついばむように何度も口付けをすると、頬を染め緩んだ顔の千鶴とは正反対の、未だ不機嫌な顔をした斎藤に
「どうされたんですか?」
「……何がだ」
「だって…く、口付けしたばかりなのに、そんな顔をしているから……」
「……おまえがうさぎになど口付けをするからだろう」
「そ、それは…黒うさぎが斎藤さんに見えたから…その……」
「では、俺が帰るのを待てば良い」
「そういうのを待つというのは少し違うような気がします」
「では、抑えれば良い話ではないのか」
「さ、斎藤さんは…白うさぎには何もしなかったんですか?」
「……!」
「何もしませんでしたか?」
「そ、それは……」
してくれていたら嬉しいという期待あふれる顔をする千鶴に、途端に不機嫌だった顔が困惑に満ちた表情になる。
「しなかったと言えば…嘘になるが……」
「していたんですね?」
「あ、あぁ……」
視線を反らし、頬を染めて頷く斎藤に「嬉しいです」と答える千鶴に
「いや、俺の事はいい。問題はあんただ、千鶴。何故黒うさぎに……」
「でも、斎藤さんもしてくれていたんですよね?」
「俺の場合とあんたの場合は明らかに事情が違うだろう」
「どうしてですか?」
「俺は…その…千鶴と離れていた時期にそうしていた…いや、その…会えなかった時期があったから仕方のない事だが、今のおまえは違うだろう。行動を共にし、今では一緒に暮らそうとしている。毎日会えるというのに、例え俺をみたてた黒うさぎとは言え、そのような事をする必要がどこにあるというのだ」
四六時中一緒にいるわけではなく、確かに新選組と御陵衛士とで別れてしまったあの時とは全く違う事ではあるが、愛しいと思った瞬間に必ず斎藤が傍にいるわけではない。愛しいと感じた気持ちをそのまま斎藤が帰ってくるまで温存をするのは難しい。勿論、いつも愛しいと感じているが、感情の高鳴りを維持するのはやろうと思って出来る事ではない。きっと斎藤自身もそれは理解している筈なのに、と千鶴は説明に困る。
「ですが、この黒うさぎは斎藤さんのような物です。帰ってくるのは解っていますし、毎日会えるのも解っています。でも、白いうさぎを見ていて、もしかして斎藤さんは私を想ってくれた時に、く、口付けをしてくれていたのかな…そうだと嬉しいな…って考えてしまったんです。そう思うと嬉しくて…つい…すみません」
「……いや、あんたが謝る必要はない……ただ、その黒うさぎが羨ましくなっただけだ。すまない」
単なるヤキモチだ、と耳まで真っ赤にし、気まずそうに呟いた。
「では、こうすれば解決…ですか?」
千鶴は黒いうさきぎと白いうさぎを向かい合わせにして、くっつけた。
「でも、たまに黒うさぎに口付けしてしまうかもしれません」
「だから、その必要はないと言っている」
「確かに一緒に暮らすようになりました。ですが、ずっと一緒にいるというわけではありません。斎藤さんがいない時に、愛しいと感じてしまう事があると思います。その時だけ……」
言い終わる前に千鶴を引き寄せ、強く抱き締めた。
「俺はいつから心が狭くなったのだろうな。愛しいと想うのは同じだというのに。あのうさぎを買ったのは新選組に戻れるというのは解っていたが、それがいつなのか誰にも解らなかった。屯所に訪れる事もあったが、おまえに会えるというわけではない。何か繋がりが欲しくなったのかもしれぬ」
「繋がり…ですか?」
「そうだ。おかしいと笑うか?」
「そんな事! 私も、斎藤さんと繋がりが欲しくて、戴いた桜の花びらをずっと持っていましたし」
「そう、だったな」
会津に行く途中で千鶴が見せた懐紙に挟んだ桜の花びら。同じ時期に斎藤と千鶴は互いにみたてた物を大切にしていた。
「今でもちゃんと大切にしまってあります。あの頃のように持ち歩いてはいませんが……」
「あぁ、解っている」
愛おしくなり、そっと額に口付け、そのまま唇を重ねた。かつてお手玉のうさぎにしていたように。きっと千鶴も口付けはしていないかもしれないが、桜の花びらが挟んである懐紙を優しく抱き締めていたのだろう。そして、先ほど、黒うさぎに口付けをしたのも同じ気持ちでいたからなのだという事を改めて感じ
「俺がいない時に黒うさぎを撫でたり、抱き締めたり、口付けをしたりするのは…赦そう。しかし、それをした時は必ず俺に報告をしろ」
「ほ、報告と言われましても……」
「報告をして、同じだけ俺に口付けや抱擁をして欲しい」
真っ赤になって「そんな事出来ません」と否定する千鶴に「会津に行く時にしてくれたではないか」と抗議をし「あれは…斎藤さんの約束に応えたくなって、言葉よりももっと伝わる方法でと思ったから…」としどろもどろになり、俯く千鶴に視線を絡ませ「同じ事だ。気持ちを伝えてくれれば良い。俺もそうしよう」と甘い顔で言ってくる愛しい人に頷くしかなく、おそらく十回に一度しか報告など出来ないだろうと思ったのは秘密である。
その後、机の上には黒うさぎと白うさぎは口付けをしたまま置かれる事となった。
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