さぎ 2

(斎藤×千鶴)

 時は明治に移り、斗南に引っ越しをし、荷ほどきの時に箱にしまわれていたお手玉うさぎがとうとう千鶴の眼に留まる事になる。
「これ、どうなさったんですか?」
 意外な顔でお手玉うさぎを手に斎藤のもとにやってきた。
「あぁ、それか…」
「誰かにいただいたのですか?」
「いや、俺が買った」
「お手玉をひとつだけ?」
「……お手玉を買ったつもりはないのだが」
「ですが、これはお手玉ですよ?」
「それは解っている」
 心を通わせ、もう秘密にしておく必要がないのは解っているが、淋しさを紛らわす為に千鶴にみたてたものを買って飾っていたと説明するのは気恥かしいものだ。
「―――お手玉として欲しいと思ったのではなく、以前おまえが雪うさぎを作ってくれた時の事を覚えているだろうか?」
「勿論覚えてます」
「それを思い出して買った」
「そんなに気に入ってくれてたんですか?」
「いや、気に入った…のではなく、その、あ、気に入ってないというわけでもなく……」
 しどろもどろ、仕事をしている時の斎藤は報告の時などとても饒舌に話をするのに、こうやって千鶴と話をする時は途端に説明下手になる。特に、心を通わせてからというもの、自分の素直な気持ちを言う時に上手く言葉に出来ずにいる事が多くなっていた。
「巡察の時に見かけて、おまえが作ってくれた雪うさぎを思い出した。あの時、すぐに溶けて消えてしまった事を勿体無く思っていた」
「そんな風に思ってくれていたのですね。嬉しいです」
 ただ、雪うさぎを知らないと言っていた斎藤に作っただけなのに、そんな風に大切に思っていてくれた事を初めて知り、嬉しそうに微笑んだ。
「御陵衛士にいた頃にまた見かけ、眼がおまえと同じ琥珀色で作られていたのがこれひとつだけだったから連れ帰ってきた」
「私の…眼、ですか」
「あぁ、これはおまえのつもりで手に入れた」
 それまでしどろもどろだったのに、「ずっと部屋に飾っていた」とハッキリ言われると千鶴の方が恥ずかしくて、照れくさくて言葉を失ってしまう。
「もう飾る必要はないのは解っているが、飾ってもいいだろうか」
「あ、はい。勿論です。かわいらしいですしね」
 と、まるで自分自身を可愛いと言っているようで気恥かしくなり、頬を染めた。
「それで、ひとつ頼みがあるのだが……」
「はい、何でしょう?」
「先ほども言ったように、これはおまえにみたてたものだ」
 斎藤の言葉の意図する所が解らず、首をかしげたまま返事をする。
「はい」
「一緒に住むのに、一匹だけを飾るのはおかしい。もう一匹用意したいのだが…作ってくれないだろうか」
「それは…斎藤さんに見立てたお手玉を作る…という事でしょうか」
「そうだ。出来ぬか?」
「いえ、大丈夫です。反物の端切れもありますし…でも、動物は何にしましょうか。斎藤さんは何がいいですか?」
「特に希望はないが…」
 言い終わる前に千鶴は続けた。
「そうですね…犬とか…どうでしょう。猫というよりも、犬という気がしますし」
「……うさぎの相手が犬というのはおかしい。同じうさぎで頼む」
「ですが、反物の端切れが黒しかないので、黒いうさぎでもよろしければ」
「あぁ、構わない。時間のある時にでも作ってくれ」
 嬉しそうに微笑んで、千鶴の頭をぽんぽんと撫で、きっと大切に扱われていたのだろうお手玉のうさぎを自室の机の上に置き、同じようにぽんぽんと撫でる姿を見て、今までもきっとこのように扱われていたのだろうと思うと、千鶴は何て幸せなのだろうと感じた。