うさぎ 1

(斎藤×千鶴)

 巡察時、いつもならば特に気にも留めずにいるであろう店のとあるものに眼を留めた。白い、お手玉のうさぎだった。それはつい先日千鶴が作ってくれた雪うさぎを思い出させ、自然と顔が綻んだ。あの雪うさぎは昼過ぎにはもう溶けて南天の葉と実しか残っておらず、淋しく感じたものだった。だが、お手玉ならば…そう考えた自分に驚き、今は巡察時と、見なかった事、忘れようといつも通り巡察を続けた。

 御陵衛士に間者として属するようになり、新選組の屯所に向かう時はもっぱら夜だったが、そう何度も訪れる事はなく、事情を知る変装をした山崎に外で文を渡したり…と、間接的に連絡を取る事の方が多い。たまたま訪れた時に体調を崩し、熱にうなされていた千鶴を看病して以来、斎藤は千鶴の事を思い出す事が多くなった。あの後熱は下がっただろうか、今は元気でいるだろうか、布団に入り一番に浮かぶのは千鶴の顔だった。

 山崎に文を渡し、町中を歩いていると、以前足を留めた店が眼に入った。そこは反物の店であったが、端切れで巾着やお手玉等の小物も売られてあった。お手玉は動物をかたどったものも幾つかあり、猫やたぬきやだるまの形もあり、うさぎもそこにあった。白いうさぎ、茶色いうさぎ、眼は紅いガラス玉で作られていたが、ひとつだけ白いうさぎに琥珀のガラス玉で作られているものがあった。琥珀の眼は千鶴のそれを思い出させた。
 右に刀を差し、無表情な顔でお手玉を睨みつけるように見ていた姿が怖かったのか、店主が言い訳をするように「紅いガラス玉がなくなってしまいましてね…余っていた物をくっつけたのですが…」と、説明を始めた。この店は斎藤の店ではないし、お手玉のうさぎの眼は紅いガラス玉でなければいけないという決まりもないというのに、滝のように汗をかき、しどろもどろに言い訳をする店主に
「いや、この方が良い。戴こう」
 わら半紙にくるまれたお手玉のうさぎを大事そうに抱え、斎藤の部屋にひっそりと飾られた。新選組にいた頃も滅多に斎藤の部屋に入る者はいなかったが、御陵衛士になった今は平助がたまに訪れる。それは試衛館にいた、同門であるという親しみからだけではなかっただろう。
「一君、これどうしたの?」
「………」
「島原で貰った…とか?」
 この所、島原通いをしていたのは平助も知っていた。新選組にいた頃にも通っていた事があるのは知っていたが、ここ暫くは誘われて酒を呑みに行くのに付き合う事があっても、一人で行くという事は全くなくなっていただけに、この所の斎藤の行動がおかしい事に何か悩みでもあるのか…と、心配していた。
「……いや」
 島原に通っているのは土方と連絡を取る為の手段の一つであるという事は勿論平助の知らない所であるが、それを言うわけにもいかず、一人で島原に行き、届け物を渡し、余った時間に酒を呑んでいるだけで、特に口の上手いわけでもない斎藤が島原の妓と話すらするわけでもなく、おそらく退屈な思いをさせているだけだろうそんな状況でお手玉のやり取りをするなどあり得るわけがないし、平助自身、そんな斎藤を想像する事すら出来なかった。
「ま、別にいいけどさ。白いうさぎって言えば、前に雪降った時、一君雪うさぎ飾ってた事あったよな?」
「え? あ、あぁ」
「オレも子供の頃は雪が降ったらよく遊んだけど、雪うさぎは作った事なかったな。作っても雪だるまだったよな」
「……あの日積もったといっても、少なかったからな」
「あぁ、そうだったなぁ。でも、あんなに可愛いの作ったんだったら、千鶴に見せてやれば良かったんじゃねぇの? どうせ作ってすぐに飾ったんだろ。あんな場所に飾ってたって、千鶴が見る事ねぇだろ?」
「いや…まぁ、そう…だな」
「あん時、新八っつぁんと一君の雪うさぎ見たんだけどさ、千鶴に教えてやりゃ良かったな」
「………」
 その千鶴に作って貰ったのを飾っていると言うのは簡単だったが、そうするとこのお手玉のうさぎが何を意味するのか知られる事になると、ただひたすら黙っているしかなかった。

 油小路の事件後、新選組に戻った時に相変わらず斎藤の部屋にはお手玉うさぎが飾られてあったのを屯所に戻ってからも斎藤の部屋を訪れていた平助に見つかり、その時特に斎藤に何も言わなかったが「大切にしてんだな」とだけうさぎに向かって言い、勿論大切にしていたが、それを肯定するのも恥ずかしく、やはり素直に返事する事が出来ず、平助の中からこのうさぎが消えてくれないだろうか…と願うしかなかった。
 屯所に戻ったのだから、千鶴にみたてたお手玉のうさぎを飾る必要はなかったのは斎藤自身解っていた事だったが、うさぎの琥珀のつぶらな瞳を見るとどうしても千鶴が重なり、引き出しや箱にしまい込むのが出来なかった。