(斎藤×千鶴)

 夜の見廻りから戻り、即座に報告をしに土方の部屋へと足を向ける斎藤。特に大きな出来事もない日は簡単な報告で終わり、自室に戻り就寝するのだが、今日の土方は何故かとても機嫌が悪く、斎藤の報告もあまり耳に入っていないようだった。不思議に思いながらも、それに触れる事なく淡々と報告をしていたのだが……
「斎藤…すまねぇが、頼まれ事を聞いてくれねぇか?」
「はい」
「隊務ではなく、俺の私用なんだが……」
 いつもと違い、中々本題に入ろうとしない土方の言葉をじっと待っていると
「俺の発句集を総司の奴がまた持ち出しやがって、よりによって千鶴の部屋に隠しやがったみてぇだ」
 と、絞り出すような声で言い「取り返してくれ」と言うと背中を向けた。
「……御意」

 引き受けたものの、他の隊士ではなく、男装しているとはいえ、女子の部屋に忍び込み、どこに隠してあるのか解らない小さな発句集を探し出すとなると、本来ならば夜がいい。しかし、当たり前の話だが、夜は千鶴がそこで眠っている。そんな所に侵入し、もしも見つかったとならば斎藤は千鶴の部屋に夜這に行ったとしか思われない。千鶴にも軽蔑されるだろうし、隊士…いや、特に幹部達に何を言われるか想像するだけで恐ろしい。だからといって、昼間に侵入するのも難しい問題だ。いつ千鶴が部屋に戻ってくるか解らない。今でこそ屯所内をある程度ならば自由に行き来出来るようにはなったが、基本的には彼女は部屋からは出てはいけないと命令されている。本来ならば千鶴が一日中部屋にいてもおかしくない。そんな場所をどこに隠してあるのか解らない小さな対象を探さなければいけないというのはとても難しい。
 (どうしたものか……)
 考えた所でいい案が浮かぶわけでもなく、千鶴に黙って部屋に侵入するのが難しいのならば、千鶴がいる時に、部屋に入り探し出すしかない。だが、発句集の存在を知られてはいけないから、千鶴にはこの事を黙ったままで、彼女がお茶を淹れに行った隙に探してはみたものの、探し出せずに、何度も意味なく千鶴の部屋に訪れる事も出来なくなってしまい、土方の「早く見つけ出せ」と言わんばかりの視線を感じながらも、半ば白旗を上げつつも土方の命令は絶対服従。どんな理由があろうとも途中放棄するわけにはいかなかった。

 休日。どうしたものかと、中庭で竹刀を振っている時に洗濯を始めた千鶴の姿を見かけ、洗濯をしている時間ならば暫くの間部屋に戻る事はない。この時間を利用して…と、即座に誰にも見つからないよう千鶴の部屋へと足を向けた。発句集を探すべく、机や箪笥等を注意を払いながら探し始めた時に、原田と千鶴の声が飛び込んでくる。どうやら前日夜の見廻りだった原田が漸く起きてきて、買ってきた饅頭を千鶴の部屋で食べようという事になったらしい。
(洗濯物はどうしたのだ…!)
 そんな問いかけを出来るわけでもなく、素早く押入れの中に入り隠れる。
「いいんでしょうか…洗濯を夜の見廻りで疲れてらっしゃる隊士さん達に任せて……」
「構わやしねぇよ。夜っつったって、もう結構な時間睡眠は取ってる筈だからよ。本来ならば俺ら十番組の仕事だったのをおまえの好意に甘えてただけだからな」
「でも……」
 後ろ髪ひかれるように中庭に視線をやる千鶴の肩に手を回し部屋へ向ける。
 ほんの少しだけ隙間を開けて二人の様子を見る斎藤。肩に置かれた原田の手に何とも言えない気持ちにならながらも、目を離せずにじっと息を飲んで見つめる。
「ほら、饅頭と、金平糖とかりんとうだ。好きなもの食え」
 嬉しそうに包みを開けて、千鶴が淹れただろうお茶を飲み、まるで自分の部屋にいるかのように寛ぎ出す原田。元々女に甘いのは知っていた。千鶴に対しても優しく接しているのも知っていたつもりだが、普段の原田とは全く違う甘く笑う顔に何とも嫌な気持ちになっていく。
(左之は千鶴の前ではこんな顔をしていたのか……)
「こんなに沢山…皆さんで食べた方が良かったんじゃないですか?」
「いや、それだとおまえ遠慮してあんまり食わねぇからな。食わねぇじゃないな。食えねぇ…だな。総司が独り占めしてしまうだろ?」
「ですが……」
「いいんだよ。おまえに食べて欲しくて買って来たんだからよ。気にせず食べてくれや」
 気遣う千鶴が可愛くて仕方がないという風に頭を撫でる原田。
 他愛もない話をしながら、おいしそうに饅頭を頬張る千鶴の姿に満足したように、原田はお茶だけをすする。まるで千鶴の笑顔が彼にとっての甘味のように見える。
「千鶴…おまえっ」
 笑いながら、口の端についた餡子を取り、自分の口へと放り込む。
「えっ……え?」
 まるで恋人同士のようなやり取りだった。
「あまり甘いものは好きじゃねぇんだけどよ。こんな風になら食べられるもんだな」
 屯所の中では絶対に見せない、甘い顔で、甘い瞳で千鶴を見つめ、頬に手をやる。
「は…原田さ…」
 真っ赤になって後ずさりをする千鶴を少し追いかけるが、その手を引っ込めた。それは恥ずかしがっている千鶴を気遣ったわけではなく、とてつもない殺気を感じたからだった。
 音も立てず、気配も消してはいたが、刀に手をやり、もう少しでも千鶴に触れていれば、土方からの頼まれ事を忘れ、そこに潜んでいた事も忘れ、きっと原田を斬ろうとしたかもしれない自分に驚く。
 千鶴はその性格から、愛らしさから、幹部の皆から愛されている。それは色んな愛し方だというのは解る。兄妹のような、父娘のような、色んな形が。原田のそれは昔は兄妹のようなものだった筈だ。それがこんな風に変わったのはいつだったのか。そして、斎藤自身も土方の命令で守っていたけれど、いつの間に他の男に触れられるのを、甘く見つめられるのを見かけただけでこんなに胸が焦げる思いをするようになったのだろう。
 もしかしたら他にも千鶴に想いを寄せ、原田程の行為を示していなくても、胸の奥に熱い気持ちを秘めている男がいるかもしれない。そう思うとやるせない気持ちになっていた。
「んじゃ、いつまでも女の部屋にいるわけにもいかねぇから、そろそろ行くわ」
 そう言うときっと何か理由があってそんな場所に潜んでいるのだろう殺気を感じる場所にちらりと目をやると部屋を出て行った。
「あ、あの。お土産有難うございました」
「いいって事よ。また買ってきてやるから、楽しみに待ってな」
 廊下から原田の声が聞こえたが、その表情は解らなかった。ほっと一息ついて、下を見るとそこには土方が探していたものが転がっていた。
 土方が探していた発句集を無事見つける事は出来たが、千鶴への想いを認識せざるをえない出来事に、これからもあのような場面を見かけた時に、はたして自分の自制心がどこまで通用するのか解らなくなり、頭を抱えるのだった。


 初書きです。何となく浮かんだのが千鶴の部屋に忍び込み、隠れている斎藤さんだったので、そこから話を作ってみたのですが、何故そんな斎藤さんが浮かんだのか私にも解りません(笑)
 女性の扱いに慣れている原田さんが千鶴に対してどんな風なのかを斎藤さんに知って欲しかったというのもあり、こんな展開になりました。
 でも、確か原田さんって、はじめは「千鶴」と呼び捨てにしてたけど、斎藤ルートに入ると「千鶴ちゃん」って呼ぶようになりますよね? あれは新八のように「妹」という意識になるって事なんでしょうか。
 サイトを作るとか何も考えなしに、ただ書きたくなって夢中で書いただけあって、色々粗がありますが、そのまま載せました。