信じるくらいいいだろう
(斎藤×千鶴)
薄桜学園を卒業し、千鶴も斎藤と同じ大学へ進学した。
「大学生になれば、関東以外の新選組の跡地に行けるようになるな」
高校時代は試衛館時代を中心に、関東の新選組跡地巡りを休みの日によく行っていたのだが、ふたりが一番行きたいと思っていたのは夫婦になった場所である斗南よりも、京都だったのだ。ふたりが出逢った場所、そして、恋に落ちた場所。新選組の始まり、絶頂期だった頃の京都だ。
何かとふたりの間に薫が入ってきたというのも大きいが、まだ高校生だというのもあり、ふたりは清い関係だった。互いに夫婦としての記憶があるから、求め合う気持ちが生まれなかったと言えば嘘になるが、記憶があるからこそ、急ぐ必要は無いと、ままごとに近い関係でいられたのは相手が斎藤だからだと、千はよく千鶴に言っていた。
「そうかな?」
斎藤とは昔もそうだったから、と続けても「それも斎藤さんだからだと思うけどな」と、間髪を入れずに言われたのも一度だけでは無い。
「まぁ、平助君も悶々としながら、千鶴ちゃんを大切にしそうだけどね」
「も、悶々って…お千ちゃん……」
「思春期の男の子って、そういうものよ」
千に恋人がいるというのは聞いた事がなかったが、まるで百戦錬磨したかのように言う千の言葉には妙に説得力があったが、相変わらず純粋な千鶴にはその言葉はいまひとつ心の奥までは届かなかったが、斎藤が千鶴を大切にしているのは千に言われなくても充分に伝わっている。
昔から変わらない。
不安だったのは斎藤が「あの頃の千鶴」を想っているのではないかと、感じたりもした。斎藤もまた「あの頃の斎藤」を想っているのではないかと。
「確かに、俺の記憶の中に昔の千鶴は生きているし、記憶があるからこそ、おまえを探していた。だが、気持ちはどこか借り物のように感じていたが、それが本物になったのは千鶴と会って、その心に触れたからだ」
斎藤はそう言い
「私も、新選組のはじめさんへの想いはありますけど、今はじめさんを好きな気持ちは目の前にいるはじめさんへの想いです」
千鶴も答えると
「取り越し苦労、という事だな」
視線が合うと互いに少し困ったような笑みを浮かべた。
前世の記憶は単なるキッカケに過ぎないのだ。記憶に囚われてるのではなく、出逢う為の絆のような物なのだ。それが現世で繋がるかどうかは本人次第だと、気持ちを伝え合ってから知る事となった。会うまではただ恋しかった。気持ちが繋がっているのが当たり前のように感じていたのはまだ前世の記憶に囚われていた為。
実際に会えば、環境の違いから性格も全くそのままではない。そこをすんなり受け入れられた時、例え前世の記憶を持っていても違う人間なのだと心と頭で理解出来た。その上で前世と今生全てわ自然と受け入れられた瞬間「これでいい」と、納得出来た話をふたりでよくしていたし、千鶴も千とそのような話をよくすると言っていて、男同士ではあまり話をしては来なかったが、学生ではなくなった時に、近藤達と一緒にじっくり話が出来れば良いなと思うようになっていた。
「はじめさん、来月の連休に京都に行けそうです」
両親はともかく、薫からは激しく反対されただろうけれど、そんな事は微塵も感じさせない笑顔で言うと
「そうか。流石に全ては回れないと思うが、一番行きたい場所はどこだ?」
「屯所があった場所と、池田屋に行きたいです」
「屯所と言っても、八木さんの家は少し残されてはいるし、西本願寺もあるが……」
「でも、おそらくここだろうという場所に石碑があるようなので、それを見に行きませんか?」
「あのホテルか。しかし、場所が定かとされていないから、別の場所だったのではないかという説もあるようだが、俺達が行って、本当の場所が解るだろうか」
三番目の屯所の場所は八木邸や西本願寺のように今でも残っているわけではないから、実際にあった場所は解らないままで「おそらくここだろう」という場所に石碑が作られていた。
「やっぱり、解らないでしょうか……」
「景色がもう違う故、石碑と言えば、池田屋も石碑が残っているだけではないのか?」
「いえ、池田屋の看板で居酒屋になっているそうですよ」
「居酒屋?」
「はい! 中も隊士服のマネキンが飾ってあったり、皆さんの名前がついた飲み物や、新選組にちなんだ名前の料理があるみたいですよ」
「そうなのか?」
「あの頃の池田屋とは全く違いますけど、はじめさん達を好きな人達が集まる場所にもなってるようです」
「それはそれで気恥ずかしいが」
「書物でしか解らないですから、色んな解釈されていて、それも聞けるかもしれませんし」
では「それは違う」と、言ってしまいそうになるのではないかと思ったが、あの頃に新選組が残せなかった思いを理解しようとしてくれる人がいるのは嬉しかったのだ。
「そう、か…ならば言ってみよう」
「はい!」
旅のしおりまで作り、行きたい場所を詰め込み、幸運にも角屋の二階にもあがれ、意外にも沢山の場所を回った。朝から歩きっぱなしだったが、疲れを感じなかったのはずっと行きたかった場所で、懐かしい場所だからなのだろう。例え、姿形があの頃のままでなくとも、自分達の魂は確かにそこにいたと感じられたからなのかもしれない。
予約をしておいた方がいいと千鶴が言っていたので、予約をしていたおかげで居酒屋の池田屋には待つ事なく入れた。
この場所での戦いがあったからこそ、新選組の名前が有名になり、絶頂期だったあの頃を思い出させた。沖田と藤堂は二階で風間と天霧と戦った。確かに敵だったが、今は風間はともかく、天霧とはよく話をするようになっていた。今は同じ学校…いや、天霧は風間に合わせて薄桜学園に通っていただけであって、年齢は斎藤達より上だった為、今は大学ではなく、風間の会社で働いていたが、連絡を取り合う仲である。
斎藤と千鶴が持つ記憶では天霧とは前世でも交流はあったが、天霧はその記憶を持ってはいなかった。しかし、元より斎藤を嫌っていたわけではなかったからだろう、打ち解けるのに時間はかからなかった。
高校に入り、新選組の幹部達との再会から、前世の事を懐かしく感じながら話したが、千鶴が高校を卒業する頃にはそれも少なくなっていった。大学受験や、就職、前世を振り返っている余裕が無くなっていく。近藤達もいつまでも懐かしんではいなかったし、斎藤や千鶴も「これからの事」を自然と話すようになっていった。
池田屋がそのまま残っているわけではないが、角屋や西本願寺等、現存する場所に足を運んだというのもあるからだろう、居酒屋に形を変えた池田屋に入ると皆の名前が入ったメニューに妙な納得をしながらも、斎藤の名が入った物には豆腐が中心となっていて、相変わらず豆腐好きな斎藤は自分の名前が入ったそれを注文するのに少ししどろもどろになってしまったのを千鶴が笑いながら見ていると
「!!」
あまりの事で思わずメニューを閉じてしまい
「嫌いな物でもあったのか?」
「い、いえ……」
聞いてみたものの、千鶴に食べ物の好き嫌いはないのは斎藤が一番知っていた。
「風間の何かがメニューになっていたのか?」
メニューを取り、飲み物の蘭を見ると
「こ、これは……!」
あぁ、やはり、と言わんばかりに小さな溜め息をつくと、目の前で目を輝かせている斎藤に「まだ未成年ですよ」と、諭すように言うのだが
「あ、あぁ。そう、だな……」
名残惜しそうにそれ、石田散薬と名付けられた酒が載っているメニューを凝視し
「では、来年の正月にまたここに来よう」
「えぇっ?」
「ここで年を越す」
「こ、ここでですか?」
「あ、あぁ。無論、店でというわけではない。京都でという意味だ」
「ですが、これは…本物というわけではありませんよ?」
「解ってる。しかし、石田散薬と名付けられているのならば、俺が口にせずにして、誰が口にするというのだ」
土方さんはこれを知っているのだろうか、と呟くと、さぁ、このメニューは最近出来たばかりのようですから、知らないかもしれないですねと、呆れたように言うのだが、千鶴のその様子に気付く事もなく「ならば後で電話をするとしよう」と、止めても無駄だろうなと思いつつも、寧ろ千鶴が先に電話をし、あの薬の効用についてきちんと土方から今度こそ話して貰わなければ…と、いい機会なのかもしれないと感じつつも
「石田散薬は今でも作られているのやもしれぬな」
等と、目を輝かせて言う愛しい人に、そろそろこの件に関しては現実を知る事は酷なのだろうかと思わずにはいられなかったが、もし未だに作られているのならば、きっとどんな事をしても取り寄せるに違いないと、やはりここは土方に本当の事を言って貰わなければならないと、心を鬼にするのだった。
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