見が丘
(斎藤×千鶴)

 子供の頃から、俺ははどこか満たされない心を抱いていた。家族は仲が良く、友達も沢山…とまではいかないが、信頼出来る友達が必ずいた。なのに何故俺はこんなに満たされないのか。
 大人びている。
 特に子供の頃は言われていたし、自分でもどこか客観的に見ているのを知っていた。何故俺は他の子供達と同じように無邪気な気持ちを持てないのか。何故俺は周りの人間に「違う」と感じてしまうのか、全く解らなかったのだ。まるで誰かを探しているかのようだった。一体誰を探しているというのだ。そう思いながらも、探すのを止められなかった。夢の中でさえ、誰かを探していた。
 いや、夢の中ではその人物に会えていたのだ。だが、目が覚めると顔も、名前も忘れてしまう。覚えているのは柔らかい声だという事だけ。その声は俺を「はじめさん」と呼んでいた。
 これはただの妄想なのか。ただ、俺は夢を見ているだけなのか、それとも…昔の、記憶なのか。親に一度話をしてみたが、理解して貰えなかった…というよりも、夢を見ているのだと、諭すように言われてからは誰にも話さなくなった。特殊な事なのだと、誰にでも起こる事ではないと、その時悟ったからだ。
 前世の記憶だと言っても、いつの時代の自分なのか、自分が誰だったのかすら定かでは無い。なのに、前世の記憶だと決めつけるのはどうかと思う。ならばこの感情はどこから来るものなのか。心に大きな穴が空いているような気がするのはどう説明すれば良いのか。
 説明する必要もないか。
 もしも相手がここに存在するのならば、俺と同じ思いをしているのだろうか。同じように恋しいと、思っているのだろうか。

 夢はその後も見続け、話は進んでいるように感じたが、彼女の顔が曖昧だった。夢の中ではっきりと見ている筈の顔ですら目が覚めるとぼやけている。名前すら覚えていない。
 だが、きっとすれ違えば解る筈だ。
 彼女の匂い、温もり、声…これらは忘れていない。覚えている。
 忘れる筈が無い。
 いや、忘れたくないのだ。
 夢に匂いや温もりを感じるのはおかしい。前世の記憶だろう。転生してまでそれを覚えているのは執念か、それとも…彼女に対する恋情か。なのに何故、俺は顔も名前も覚えていないのか、起きている時に彼女の名前を呼ぶ事を許されていない気がしてならぬ。
 今の俺では彼女に会う資格が無いと言われているようで、否定されているようで、胸の奥が痛んだ。
 思い出、というのもおかしいかもしれぬが、彼女との思い出はどれもはっきりと覚えている。もし何があったのか、話して証明しろと言われても、寸分違い無く説明できる程だ。
 なのに、何故俺は彼女の名前を顔を思い出せないのか。
 どこに想いを馳せれば良いのか。
 名前を呼びたくても、今の俺は…名前すら呼べない。
 呼ばせて貰えない。
 本当にいたのだろうか。
 単なる俺の妄想ではないのか。
 思い出せないのには何か意味があるのやもしれぬ。俺は彼女を思い出してはいけない何かをしたのだろうか。罰を…受けているのだろうか。
 俺はいつからこのように、悪い方へと考えるようになってしまったのか。昔はもっと…がむしゃらに生きていたような気がしていたが、それも、気のせいだったのか。
 そもそもこの記憶は…記憶ではないのかもしれないとさえ……

「はじめさん…一緒に……」

 諦めそうになると、白昼夢が俺を襲った。まるで、彼女が「忘れないで」と、叫んでいるように。名前すら呼べないというのに、それすら許してくれないのに、あんたは…俺を忘れるなと、願うのか。
「名を…教えてくれぬか。忘れてしまった俺を責めたいやもしれんが、いつでも謝る故、名を教えて欲しい」
 声を出して呟いても、彼女が応えてはくれない。
 あんたに、会いたい。
 あんたの匂いに包まれたい。
 あんたを…抱きたい。
 名前すら思い出せずにいる俺だが、この記憶は本物だ。
 いつか再会した時に、名前や顔を思い出せなくても、俺はきっとあんただと気付く。気付いてみせる。あんたが纏っている空気を間違う筈がない。その時、名を聞いてしまうだろう。だが、怒らないで欲しい。いや、あんたは怒らぬだろうな。
「仕方ありませんね」
 そういって、微笑んでくれるに違いない。きっと俺は…今世でも、あんたに頭が上がらぬのだろう。それでも、俺はあんたに会いたい。
 会いたいのだ。
 今、この世にいるのだろうか。俺の方が先に…逝ってしまったから、まだ生まれていないかもしれないが、それでもいい。会いたい。
 この世で会えずとも、来世で。
 いつか……
 途方もない話だと自分でも思うが、それでも夢見ずにはいられない。あの温もりを未だに忘れられずにいるからだ。
 いつまでも待てる自信はあるが、やはり早く会いたいと願ってしまうのは俺の我侭だろうか。いや、あんたも…同じ想いを持ってくれていると、信じている。遠い空の向こうで、俺を思い出してくれているに違いない。
 もしも互いに名も顔も覚えていなくとも、俺は絶対にあんたを見つけ出してみせる。だから、安心してくれて良い。どこにいても、俺はあんたを見つけてみせる。
 再会出来たら、はじめは何を話そう。あんたは律儀に挨拶をするだろうが、俺はあんたを抱き締める故、どうか驚いて逃げたりはしないでくれ。


 ふと、転生の話が書きたくなりました。そして、再会する前の、名前すら覚えていないけれど、強い想いを持った斎藤さんの独白の話を。
 別で転生後の話を書いていますが、それとは関係していません。
 タイトルはB'zの曲名からいただきましたし、フレーズも使わせていただきました。
 この曲が好きで、そのフレーズがとても好きだったのですが、これまでは特に何の話にも変換しなかったけれど、薄桜鬼に嵌まってからこの曲は転生した斎千の曲だな…なんて、勝手に妄想してしまいました。