それぞれの道で 4
(斎藤×千鶴 転生後)
「千鶴、聞きたい事があるのだが」
「はい、何でしょう?」
手を繋ぎ、ゆっくり歩きながら、俺が先に逝ってからの事を尋ねた。あれから、どうしたのかと。子供も三人生まれ、俺は想像以上に長生きはしたが、やはり千鶴を置いてこの世を去ってからの事を。
「私、凄く長生きしたんです。実は昭和まで生きたんですよ?」
新選組の仲間内では新八が一番長く生きていて、大正まで生きたらしい。俺は大正まで生きる事は出来なかったが、明治後半までは生きられた。しかし、千鶴が昭和まで生きていたとは想像だにしなかった。
「その…ずっと一人だったのか?」
「一人じゃないですよ」
そう、微笑む千鶴に、淋しさを覚えた。千鶴はとても愛らしく、綺麗だ。一人になったと知れば、他の男が放ってはおかぬ筈。俺とて、千鶴に寂しい思いはさせたくなかったが、そう頭で解っていた事でもやはり気持ちのいいものではない。何故俺は長生き出来なかったのか、羅刹になった事を後悔はしていないが、縋りついてでもいいから、生きて千鶴の傍にいたかったのが本音だ。
「だって、息子達が三人もいたんですよ?」
「………?」
息子…達?
「三人とも『父様はいないけど、僕達が母様を淋しい思いにはさせないよ』と、ずっと私の傍にいてくれたんです。ひ孫の顔まで見ましたよ。賑やかでした。でも、やっぱりはじめさんがいない淋しさはありましたけど、私には思い出がありましたから」
「では、ずっと一人で?」
「もう、はじめさん、私の話聞いてくれてないんですか? 一人なんかじゃなかったんですよ」
「いや、そういう意味ではなく……」
「はじめさん以上に誰かを愛する事なんて、私には出来ません。あなたをどれだけお慕いしていたか、伝わらなかったですか?」
「いや…」
「それとも信じて貰えてなかったですか?」
「いや、そのような事は…!!」
例え、強く愛情を持てなかったとしても、誰かに求められる事もあっただろう。今と違い、幕末程ではなかったかもしれぬが、男が「嫁にしたい」と言えば、女子の意思など関係なく婚姻する事が出来た時代だ。
「確かに、好意を示して下さる方もいらっしゃいました。でも、無理強いする方はなく、ただ、もしも婚姻をしたとしても、心まで差し上げる事は絶対にないと申し上げたら、皆さん解って下さいましたし、隣家の方もはじめさんと私がどれだけ想い合っていたのか、例え今生の別れをしても、気持ちが変わる事のない絆があると、説明して下さったりもしたんです」
と、俺の考えが通じたのか、そう説明をしてくれたのだが……確か今千鶴は「皆さん」と言ったように聞こえた。屯所時代といい、相変わらず人の心をいとも簡単に掴むものだ。俺と夫婦になってからも、遠巻きで千鶴に想いを寄せている男がいたのに気付いてはいたが、おそらくその中の数人が動いたのだろうと、容易に想像がついた。婚姻の時もそうだったが、隣家の人には感謝せずにはいられない。頭が上がらないな。
「では、幸せ…だったのだな?」
「えぇ、勿論です」
「そうか、ならば良かった。だが…もうおまえを絶対に一人になどさせぬ」
「ふふっ。前世の記憶はあるけれど、私達出会ったばかりなのに、もうプロポーズですか?」
「なっ…いや、その…これは……」
せっかちだと思われたのだろう。顔が火照るのを自覚したが、もしも今生で会う事が出来たのならば、言いたい事のひとつだったから、後悔はない。
「それに、まだ高校生なのに……」
クスクスと笑う千鶴の頬を軽く抓り「歳など関係ない」そう言い返すのがやっとだった。ただ、おまえを恋い慕い想っていると、好いているのだと、幸せにしたいのだと…そう伝えたかった。急ぐ必要はないのは解っていたが、どうしても、今伝えたかったのだ。
相も変わらず、口下手で、想っている通りの気持ちを伝えるのは難しいが、これからゆっくり伝えていけばいい。そう心に誓い、周りに誰もいないのを確認して、柔らかい千鶴の頬に口付けを落とした。
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