あなたの声だけがこの胸震わす
(斎藤×千鶴)
生まれた時から前世の記憶を持ち、運命の相手との再会を望み、高校に入りそれが叶って満ち足りた日々を斎藤は送っていた。千鶴と再会する前に試衛館の面子と再会する事となり、何故か皆が「千鶴と添い遂げた」記憶を持っており、千鶴がどの記憶を持って生まれてくるのか不安を抱きながらも、ただ千鶴との再会を待つ日々を送っていた。漸く出逢えた運命の人は自分と添い遂げた記憶を持ち、昔と何ら変わらない愛らしい姿で、更に斎藤の心を鷲掴みしていた。
斎藤の所属する剣道部に入るのはどうか…と、斎藤ではなく、沖田や土方、原田等が熱心に誘っていたのだが、千鶴は難色を示していた。平助曰く、剣道部に入っていたわけではないが、授業等で楽しそうにしていたし、兄の薫や平助が通っていた道場に顔を出した時に練習に参加した事もあり、筋がいいと言われて嬉しそうにもしていたらしい。なのに、何故剣道部に入る所か近付こうとしないのか斎藤には解らなかった。
しかし、千鶴の周りにはいつも当時の試衛館メンバーの誰かがいた。もしも、自分が彼らと同じ立場で、千鶴と添い遂げた記憶を持つのに、当の千鶴が別の運命を辿った記憶を持っていたら…そう考えると、独占欲が斎藤を縛りそうになっていたが、彼らの傍にいる千鶴を呼び寄せ、自分の腕の中に閉じ込める事が出来ずにいた。
(ただ、懐かしいという感情もあるだろう)
自分に言い聞かせるように、千鶴が幹部の…元幹部の誰かと一緒にいる時は声をかけないでいた。帰りは一緒に過ごせる。だから、独り占めする必要はない、と。漸く出逢えたというのに、何故…と思いながらも、かつての仲間を無視して自分の欲望のままに等行動しないのが、斎藤の仲間を思う気持ちの強さであったのだ。
授業と授業の間の休憩時間に、沖田や風間まで千鶴の教室に行き、奪い合うように千鶴を挿み口論をし、困惑をする千鶴を見かねて平助がふたりを止めて終わる。昼休憩には職員室に呼ばれ、土方や原田に囲まれて過ごす。これもまた日課のようになっていた。
「話を聞いてみるのも良いかもしれぬ」
確かに、斎藤は千鶴にそう言った。本当は自分以外との道等聞かせたくはなかったが、何を話しているのか、やはりそれぞれの道を話して聞かせているのだろうかと、気になって仕方がなかったが、それを表に出す事はなかった。
ふたりで帰る時に幾度となく「あいつらと何を話しているのか」と聞きかけ、口を閉じた。器の小さな男になりたくない。千鶴が持っているのは自分との運命だ。何を心配する事があるのだろう。ぐるぐると迷路のような感情が廻り、その感情を抑えるのは千鶴の温もりだけだった。手に触れ、指を絡ませる。それだけで、嫉妬の炎で焼けてしまいそうな自分はどこかに消えてしまう。
他愛のない話を千鶴とするのが楽しかった。今は殆ど、自分がいなくなってから千鶴がどう生きたのか、子供達とどう過ごしたのか、その話を聞くのが好きだったのだ。ずっと聞きたいと、知りたいと思っていた事だったから余計である。
今はそれだけでいい。多く求める必要はない。自分達には長い未来が待っているのだから。
朝、いつもならば薫も一緒に斎藤と門に立っているのだが、その日は現れなかった。気まぐれな性格でもあるようだから、サボったのかもしれないと、溜息をつき、ひとりで門に立っていたが、ギリギリで千鶴の手を握り走ってくる平助の姿もなかった。勿論、千鶴の姿も。
(もしや、千鶴に何かあったのだろうか……?)
不安がよぎる。メールを千鶴に送ってみても返事が来ない。電話をかけても、千鶴は出ない。一体何が起こったというのか。授業が始まっても薫は登校して来なかったし、平助もまた、登校していなかった。
昼休憩に、突然平助からメールが入り、その内容の通り、斎藤、土方、沖田、原田、風間が「屋上に集合」すると、すでに待ち構えていた平助が、再会してから見せた事のない殺気を放ち、睨みつけた。
「おいおい、平助。一体どうしたって言うんだよ」
最初に口を開いたのは原田だった。授業がなかったのか、千鶴や平助や薫が休んでいる事は知らないようだったが「無断欠席とはいい度胸じゃねぇか」と、ドスの聞いた声を出したのは教頭でもある土方だったが、その声に脅える事も、驚く事もなく、ただ、彼らを睨みつけ
「千鶴に何したんだよ」
「……何、とは何だ」
「一君は黙っててくんねぇかな。土方さんも、左之さんも、総司も風間も、千鶴に何言ったんだよ」
怒りの矛先は斎藤以外のようだったが、それが斎藤をはじめ、皆解らずに、きょとんとしていたが、千鶴が今ここにいないのは斎藤以外の彼らが千鶴に何かをしたというのだけは理解出来た。
しかし…当の彼らにその自覚がないようで「何もしてないけど……?」答えたのは沖田だった。
「へぇ…千鶴は何も言わねぇけどさ…オレ、知ってんだぞ。千鶴に、どうして自分との記憶を持たずに生まれたんだって、信じないって、忘れてるだけじゃねぇかって、責めてたんだろ」
「……なっ!」
声を上げたのは斎藤だった。ただ、思い出話をしているだけだと思っていた。まさか、そんな話を千鶴にしているとは夢にも思わなかったのだ。
「責めてたって…ひでぇ、言い方してくれるじゃねぇか」
「じゃぁ、他に何て言えばいいんだよ、土方さん。あんたまでそんな事してるとは思わなかったけどな」
「平助、どういう事なのだ。一体何が……?」
「こいつらはな、千鶴にずっと自分との運命を押し付けようとしてたんだよ。四人がそれぞれ、千鶴とふたりきりになった時にさ。そんな事を言われて、千鶴が傷つかないとでも思ったのかよ。千鶴の気持ちになって行動したのかよ!」
「………」
思う事はあるようだが、自分が褒められた行動をしていないと自覚しているのか、風間は一言も発さずに、不機嫌な顔のまま平助の話を聞いていたのだが
「我が妻に何があったというのだ」
「風間っ…! おまえも、千鶴にそうやって言い続けたんだろ」
「我が妻に、我が妻だと言って何が悪い」
例え風間との道を歩まなくても、どの運命でも、風間は同じ事を言い、そして行動していた事を思い出した。
「あぁ…おまえは…どの運命でも変わらないか」
どんな時でも変わらない風間の態度に少し怒りが収まったのか、呆れたのか解らないが、落ち着きを見せた。
「詳しく…話してくれないか。千鶴に何があったというのだ」
小さな溜息をついて「熱、出したんだ。千鶴」と、先程までの勢いはなくなり、呟くように言った。
「千鶴は何も言わないけど、目に見えて落ち込んでいくのは解ってた。けど、オレは小さな頃から千鶴を知ってて、聞いた所で何があったのか話さないってのも解ってるから、見てるしかなかったんだ。ずっと一君に会いたいって子供の頃から言ってたし、再会して本当に嬉しそうだったから。オレは千鶴が幸せだったらそれで良かったんだよ。なのに、休み時間に来るのは一君じゃなくて、総司や風間だし、昼は土方さん左之さんが呼び出して、まるで千鶴を一君と一緒にさせないようにしてるみたいだ。千鶴は一君と会いたかったんだぞ。なのに、なんでだよ。なんで!!」
「会いたかったのは僕だって同じなんだけどな……」
「それはっ…!」
「そう、だな。俺だって千鶴に会いたかった。出来るなら俺との運命を辿った千鶴と」
「でも、実際は違うじゃねぇかよ。なのに、毎日、千鶴に自分達との運命を話してたんだろ。なんとかして自分に気持ちを向けさせようとして」
「だってよ…俺だってずっと待ってたんだぞ。漸く会えたのに、俺との記憶は望んでいたものじゃなかった。振り向かせたいって…思って当然だろ」
「左之さんの…いや、皆の気持ち解るよ。でも、寄ってたかって皆で千鶴を追いこんでどうすんだよ! 千鶴の気持ち考えた事あんのかよ! それを言われて千鶴がどう思うかって、自分を責めて落ち込むって…考えなかったのかよ!」
「まさか千鶴は……」
「一君だって、毎日一緒に帰ってるのに、千鶴の変化に気がつかなかったのか?」
「そっ、それは…!」
怒りの矛先が斎藤にまで向き、胸座を掴んで「千鶴の奴、皆の想いを抱え込んで、熱出しちまったんだよ。薫が看病してる」と、力なく呟いた。
熱を出したと聞いて、斎藤が千鶴の元へと行こうとすると「薫が部屋に入れないと思うぞ。あいつ、千鶴を傷つける奴は絶対に許さないからさ」と、斎藤の背中に向かって叫んだ。
「薫だけじゃない、あいつらの両親もそうだ」
「許さなねぇって…そりゃ、そうだろうけど、少し大袈裟じゃねぇか?」
「普通なら、大袈裟だって思うかもしんねぇ。薫からはっきり聞いたわけじゃないけど、多分総司が辿った道と同じ運命を辿ったんだと思う。だからこそ、千鶴に対して罪悪感を持ってるし、大切にしたいって、千鶴や俺だけじゃなく、両親にも薫がどんな運命を辿ったのか言わないでいるし、両親は幾ら人間と争いたくなかったからといって、ふたりを残して先立った事を守ってやれなかった事を悔いてて、その末にふたりは離れ離れになって、しかも千鶴は自分に双子の兄がいた事さえ忘れてしまう程ショックだったって知って、後悔してんだ。オレ、子供の頃のふたりは本当に仲が良くて、薫はいつも千鶴を守って、俺は千鶴の兄ちゃんだからって、まだ幼いのに千鶴を大切にしてたんだって、千鶴の母ちゃんから聞いた事あんだよ。薫だってまさか変若水を千鶴に飲ませただなんて、千鶴や両親に言えるわけないし、本心で千鶴を憎んでたなんて、あるわけないんだ。ただ、運命に翻弄されただけなんだよ。薫がどの運命を辿ったのか総司に会うまで解んなかったけど、おまえの辿った運命を聞いて漸く辻褄が合ったよ。千鶴に対して過剰なまでシスコンだったからな。あの家族は他の家族よりも結束が固いし、父ちゃんも母ちゃんもふたりを傷つけるものからは絶対に何が合っても守ろうとするだろうし、近付けさせはしない。転校だってさせるだろうよ。薫だって、千鶴を傷つけるその原因に近付けさせたりはしないし、千鶴は…両親や薫を覚えていない事を悔やんでるし、忘れてしまった自分を責めてるんだ」
「で、俺達にどうしろってんだ」
「千鶴をそっとしてやってくんねぇかな。じゃないと、二度と千鶴に会えなくなるぞ」
いいのか? という視線を斎藤を含め全員にやる。誰も話さなくなり、嫌な沈黙の中、斎藤のポケットから携帯電話の振動音が響いた。モニタを見て目を見開き「千鶴?」と、言うと
『"はじめさん"』
聞こえたのは斎藤が望んでいた、期待していた声ではなかった。
「――薫か」
『今から家に来てくれないかなぁ。学校をサボるなんて、千鶴の為なら何て事ないよね』
斎藤は「千鶴の所に行ってくる」と言い、踵を返した。
「お、おい。一君」
「千鶴が呼んでる」
薫がそう言ったわけではない。しかし、今の話を聞いて、薫が斎藤を呼ぶのは千鶴が望んでいるという事だろうと、そう思ったのだ。
「悪かったよ。俺…いや、俺達千鶴に会えて、理性を失ってたみてぇだ」
「そうだろうな。まさか土方さんまで、千鶴に夢中になって見境なくなるとは思わなかったけどな」
「うるせぇ」
「あの頃と違って、副長って立場じゃないから、動きやすいってのもあるんだろうけどよ。副長じゃなくても、今は教頭なんだから自重しねぇとな」
「おまえだって、教師って立場をわきまえろ」
「土方さんだけには言われたくねぇな」
「……僕もちょっとは自重しようかな」
「ちょっとって何だよ。ちゃんと自重しろよ」
「うん、僕って…元々千鶴…ちゃんにちょっかいを出して当然みたいな所あるじゃない」
「意味解んねぇよ」
言いながらも、沖田が呼び方を変えているのに気付いていた。平助自身、かつての仲間を苦しめるような事を言いたくはなかった。だからといって、千鶴が熱を出すまで苦しむのを黙って見てる訳にはいかなかった。例え、想いを抑えなければいけないものだと解っていたとしても。しかし、それは平助が物心をついた時から抑えていたものたなのだ。
(オレだって、本当は…千鶴と添い遂げた記憶…持ってんだからな)
だが、それを千鶴に押し付けるのはただ千鶴を苦しめるだけだと解っていた。だから、千鶴の辿った運命を聞き、それを自分のものとしようと誓ったのだ。それは千鶴の両親や薫や千鶴が彼らを思いやっているのを間近で見ていたからなのだろう。
乱れた息を整えながら、目の前にあるチャイムを鳴らした。
「はい」
「斎藤…だが」
「あぁ"はじめさん"か。待ってて」
先程も感じた事だが薫に「はじめさん」と呼ばれるのに違和感があった。普通に呼んでいるのだとしても違和感があるが、強調して言われると千鶴の彼氏として納得されていない。拒否をされているように感じずにはいられなかったのだ。
ドアが開き、いつもよりも人を見下したような視線を斎藤にやると「上がれよ」と、家に招き入れた。
「おじゃまします」
「千鶴の部屋は二階の奥だ。寝てるかもしれないから、起こさないでよね」
後、信用してるからと、おかしな行動を取ってくれるなよという視線を忘れない。
「解っている」
ノックをし、返事がなかったが「入るぞ」と、おそらく眠っているだろう千鶴の部屋を開けると、想像していた以上に明るい色の部屋の中に、苦しそうに顔を顰めて眠っている千鶴が視界に入り「千鶴…」と、額に手をやり、熱を確認した。
(熱い…こんなになるまで……)
「ごめんなさっ……」
眉間に皺を寄せて苦しそうにもがく。
(何故謝る)
「ごめ…なさ……」
頬に涙がつたう。
「千鶴っ!」
夢にまで彼らに追われているのか、それとも、応える事の出来ない思いの中に閉じ込められているのか。涙を指でぬぐっても、次から次へと溢れ出てきて、眠ってる時、ひとりでいる時でしか流す事が出来なかった涙。
(どうして俺は気付いてやれなかったのか。何より千鶴を優先させるべきだったのに……!)
「すまない…千鶴」
気付いてやれなくて。いや、本当は気付いていた。千鶴の変化に。剣道部に近付こうとしなかったのに違和感を覚えていたというのに、何故かと聞かなかったのだ。土方達の想いを知っていたから。それを咎めるような真似が出来ずにいたのだ。
すまない。
その言葉を飲み込んだ。謝るだけならば誰にでも出来る。これからは本当の意味で、この世界の千鶴を守る。例えそれがかつての仲間が相手になったとしても、千鶴を守る為ならばどんな壁にでもなろうと、誓いを立てた。昔、会津に向かう時に約束をしたように。
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