血の絆
刻印 4

(斎藤×千鶴)

 元々調べるつもりはなかった。
 ただ、レポートを書くにあたって、解らない事があったからネットで調べようとネットに繋いだだけだったのに、とある言葉が目に入り、おもわずクリックしてしまっていた。

 冷人族。

 斎藤の手は温かかったではないか。いや、熱い程だった。たまたま手が凍るように冷たい時があっただけだ。
 冬でもないのに?
 寒い…エアコンが効いている場所にいただけなのかもしれない。
 まだエアコンをつける季節でもないのに?
 しかし、ずっと冷たいわけではない。いつも冷たいわけではない。

 千鶴の頭の中はわき上がる疑問を否定しようと働くのだが、疑惑はゼロになってはくれなかった。
 冷人族に関するカルトなサイトを読み漁り、疑惑を否定出来るだけの答えは見つからなかったのだ。
 斎藤には「秘密」がある。斎藤だけでなく、斎藤の近しい人全てに「秘密」があるのは確かである。千鶴がそれを突き止めた所で何かが変わるのだろうか。彼らは何もしていない。寧ろ千鶴を守ってくれているのに、どうして胸騒ぎがするのか、どうしても確かめたくなっていた。

「斎藤さんは異常に敏捷で、力が強いですし、肌も青白くて、冷たい…時もあります。時々…眼の色が違っているようにも見えました」
 そう、斎藤が千鶴を交通事故から助けた時、ほんの一瞬だが眼の色が紅かったように見えていたのだ。
「話し方も…昔の人みたいです」
 授業に出ずに、学校の近くにある林で、千鶴は斎藤に疑問を投げかけ、斎藤は黙って千鶴の言葉に耳を傾けていた。
「斎藤さんは…何歳、ですか?」
「十九だ」
「――いつから、十九歳ですか?」
「暫く前だな」
 誤魔化す事もなく、千鶴の問いに、背を向けて問い続ける千鶴をじっと見つめながら斎藤は静かに答えた。
「斎藤さん、あなたは……」
 言いかけて言葉が出てこない千鶴に「言いたい事があるなら言え」と、自分は何も誤魔化したりはしないという意思を示した。
「構わぬ。言ってくれ」
「吸血鬼、ですか?」
 背を向けたまま視線を合わせようとしない千鶴に「俺が怖いか?」と、質問に答えずに、斎藤もまた質問を投げる。
「いえ、怖くはありません」
 漸く振り返った千鶴の表情は怯えたそれではなく、真っ直ぐに斎藤を見つめ返すと、半ば強引に千鶴の腕を掴み、そのまま早足で歩き出した。
「あの、どこに行くんですか?」
「山に登る。雲よりも上に」
 誰も、来れない場所へ。
 そう言うと同時に千鶴を背負い、全速力で走り出した。
 尋常では無い速さで。
 千鶴を助けたあの時のような速さで。

「普段見せる事は絶対にしないが、俺には…いや、俺達にはもうひとつの姿がある」
 頂上に着いた斎藤は千鶴を下ろし「もうひとつの姿」になった。
 髪は白く、いや、まるで銀髪のようで、眼の色はあの日見た時よりも血のような紅で、尖った歯をしていた。
 本当は見せるつもりはなかったのに、怖がらせるに違いないと、絶対に見せたくはない姿だったが、これも斎藤の本当の姿であり、どれだけ否定しようとも、変えられるものではないと、諦めが入り交じった眼で千鶴を見つめた。
「俺の姿が恐ろしいか」
 何も言わない千鶴に、痺れを切らしたように斎藤が口を開いたが、間髪を入れずに千鶴は首を横に振って「怖くないです」と言うのだが
「人殺しの姿だ」
 まるで蔑むように笑い、今度は斎藤が千鶴から眼を背けるが、千鶴は斎藤を追いかけ「違います」と、見てきたかのように答えた。
 あなたは人を殺せるような人物ではない、と。言葉では無く、眼で訴えかける。
「俺は殺す運命にある」
 どれだけ自分で嫌だと願っても、血が騒ぐ時があるのだ。力は普通の人間よりもはるかに強く、逃げる人間を追いかけるのは容易に出来る。助けてと命を乞われても、いとも簡単に奪う能力を斎藤は持っている。いや……
「実際に人を殺した事もある」
「それは――」
 斎藤の意思とは別の所にあり、斎藤のせいではないと言いたかったが、言葉にはならなかった。
「あんたを襲わないと約束も出来ぬ」
「私は斎藤さんを信じてます」
 歩み寄り、斎藤に近付こうとする千鶴から逃げ
「俺の一族は他の吸血鬼と違い、動物だけを狩る。それはどうしようもない時だけだ。普段は人間と同じように食事を摂るように習慣付けるようにした。だから、供血の渇きも抑制出来る。しかし、あんたを求めてしまいそうになるのも事実だ」
「だから、避けていた時があったんですか?」
「いや、全てでは無い」
 血の渇きだけでなく、斎藤の昔の、いや、本当の血が騒いだからだ。
「俺には…もうひとつの顔がある」
「もうひとつ、ですか?」
「姿形ではない」
 髪と眼の色を元の黒に戻し
「吸血鬼になる前も、俺は人間ではなかったのだ」
「……え?」
「俺は…俺の中には狼人間の血も流れていた」
「流れていた?」
 何故過去形なのか、何故狼人間が吸血鬼になったのか想像すら出来ずにいた。
「そうだ。怪我で死にかけていた俺を助けてくれたのが…土方さんだ。俺の、恩人なのだ」
 狼人間の血を吸血鬼の血に染めた。だから、今俺は吸血鬼なのだと、思い込んでいたと、苦しげに吐露すると
「思い込んでいた…という事は違うんですか?」
 突然の恐ろしい筈の告白なのに、千鶴は依然と変わらない澄んだ眼で斎藤を見つめていた。その眼に映る自分の姿を見た斎藤は漸く「いつもに近い」笑みを浮かべた。
「狼の血も、残っていたようだ」
 ずっと冷たい筈だった体温が時折高熱があるように高くなるのは狼の血が残っている証拠だと、千鶴の指に自分の指を絡めた。
「狼は…たったひとりの番を探す」
 見つけたら、一生その番と添い遂げる。
「ずっと、狼の血なんて騒いだりしなかったのだ。だから、俺は完全に吸血鬼だと、吸血鬼になったのだと思い込んでいた。あんたと出逢うまでは」
「斎と…さ…?」
 斎藤が何を言っているのは解らなかった。いや、本当は解っていた。斎藤の眼を見れば何を言おうとしているのか、伝えようとしているのか、言葉以上に斎藤の眼は口よりも饒舌なのに、気付かない振りをしてしまったのは千鶴が斎藤に恋をし「そうだったらいいのに」という願望が働いているからなのかもしれないという思いと、斎藤には決まった相手が、一緒に住んでいる相手がいると「知って」いるから。
「ずっと、あんたを待っていた」
 百年以上、ずっと。
「千鶴」
 絡めた指を自分に引き寄せて、離したくない、離さないという意志と、愛情をもって抱き締めた。