血の絆
刻印 2

(斎藤×千鶴)

 斎藤には決まった相手がいるのではないか。
 そう思うようになってからは斎藤と顔を会わせ辛くなり、避けているわけではないが、結果避けているという状態だったけれど、立場が逆転してしまっていた。千鶴は斎藤と話をしようと探すようになり、斎藤は千鶴を避け、学校を休んだりもしていた。斎藤ひとりが休んでいるのではなく、沖田も休んでいるので、決して千鶴を避ける為に休んでいるとは思えなかったので、そこは落ち込む理由にはならなかったが、それでも、沖田の言葉も引っかかっていたのである。
「僕達皆に関わる問題になるかもしれないじゃない」
 斎藤には…いや、斎藤達には何かがある。しかも、常識が通用するレベルでの何かではない。知れば、後悔するかもしれない。だからこそ、斎藤は千鶴に明かさなかったに違いない。
 冷静に考えれば、知り合ったばかりでも、斎藤の人となりは解る。決して簡単に人を利用したり、騙したり、馬鹿にしたりする性格ではない。ただただ、真っ直ぐで、誠実な眼を持った男だ。だから、斎藤の言う通り、事故で混乱していたのかもしれないと思えれば良かったのだが、どうしても助けてくれたあの瞬間が頭から離れなかったのだ。知らない方がいいのかもしれないと思いつつも、気が付くと斎藤の事を考えてしまい、深く深く、謎を解明するようにほんの少しの情報ですら思い出すように、今までの斎藤を思い返す日が続いていた。
 だからなのか、毎日のように斎藤の夢を見た。目が覚めても斎藤の視線が感じられた気がして電気をつけてもそこに斎藤はいない。
 当たり前の話だ。
 なのに、何故毎晩斎藤の夢を見るのか、斎藤の気配を感じるのか、千鶴には解らなかった。

「海に、行くのか?」
 避けられていた筈なのに、斎藤は今千鶴の前に立っていた。
 確かに、海には誘われていたが、斎藤に話した覚えは無いし、誰も斎藤達と親しくしているわけではなく、彼らは一目置かれており、誰も話しかけられない雰囲気を醸し出していたからだ。なのに、千鶴には話しかけた。まるで昔からの友人のように。だから、千鶴は勘違いをしたのだと、今ならば思う。避けられていたのが本来の自分達の関係だったのではないか、それが自然だったのではないかと思う程に。
 なのに、どうして斎藤は千鶴の前に再び立っているのだろうか。
「友達に誘われて……」
「行かない方がいい」
「どうしてですか?」
 斎藤から近付き、話しかけたというのに、千鶴の質問には答えなかった。
 何故海に行ってはいけないのか、何故、斎藤に言われなければならないのか、想像もつかないまま、千鶴は約束通り、友達と海に出かける事になった。

 折角の海だというのに雨に降られ、だからというわけではないが、友達のひとりがある伝説の話をし出した。それは遠い昔に起こった、いや、決められた約束で、とある部族同士、冷人族と、狼族が争わない為に作られた、境界線について。
 決して互いに入ってはいけない境界線。
 単なる昔話。いや、お伽噺な筈なのに、千鶴は斎藤が千鶴に海に行くのを止めた理由はそこにあるのではないかと考えてしまうのは先日の沖田の言葉が頭から離れないからだろう。
 海に入る事もなく、ただ伝説の話を聞いただけで終わってしまった友人達との集まりはまた別の場所で仕切り直しとなった。
「ねぇ、パーティって程じゃないけど、ちょっとした集まりがあるんだけど、千鶴ちゃんも来ない?」
「パーティ?」
「うん、親睦会みたいな感じかな。同じ講義取ってる仲間同士でって事で」
「でも……」
 結局断り切れずに、大学生になってから初めて出来た友人達グループ、先日の海のメンバーでの親睦会に出る事になり、女三人で服を買いに出掛けていた。どうやら、彼女達には同じグループに気になる人がいるらしく、どうすれば彼の気持ちを自分に向けさせられるか…と、恋話で盛り上がっていた。
「千鶴ちゃんは服買わなくてもいいの?」
「私は…いいよ」
 好きな人はいないのか、最近斎藤や沖田と話をしているの見かけたけど、彼らと話が出来るなんて珍しいよと、言われたりもしたが、親しくしているのではなく、たまたま話をする機会があっただけだと、説明しても、今まではそれすらなかったと言われてもにわかに信じられなかった。
 中々服が決まらないふたりの前で本を読んで待っていたが、ふと調べたい事が浮かび、それを友人達に告げて千鶴はひとり書店へと向かった。

 気付いたのは斎藤の体温がとても低かった事。冷たいといっても過言では無い程に。たまたま身体が冷えていたのかもしれないが、それにしても、低かったのである。斎藤に触れたのはあの事故の時のみだったから、本当にその時だけだったと思いたかったが、引っかかったのは千鶴が読んでいた本のせいだ。
 冷人族。
 これは単なるファンタジーの世界で、現実の物ではない。よく天使や悪魔等の本を目にしたり、読んだりもするが、それらを現実のものとして、今実際にいる存在だとは思わないのに、どうして「冷人族」というそれまで聞いた事もないような言葉に反応してしまうのか。ただ斎藤の体温が低かっただけで。
 それでも、沖田や山南の話を合わせたり、斎藤が千鶴を避けるようになったりしたのと、あの時の三人の会話も入れると現実なのだと考える方が自然な気がしていた。

 夢中で本を読んでいると、すっかり日が暮れており、慌てて友達との集合場所に行こうとすると、集団の男に囲まれ、絡まれた。
(ど、どうしよう……)
 そう思った瞬間、斎藤が車で現れて、アッという間に千鶴を車に乗せて助け出した。
「首の骨をへし折ってやれば良かった」
「斎藤…さん……」
「あんたは奴らの目的を解っていない」
「斎藤さんは…解っているんですか?」
「想像はつく。気を紛らわす事を言ってくれぬか」
「えっ…?」
 車は異常な程スピードを出していたが、まるでレーサーのように、他の車をかわしてどこかに向かっていた。
「頼む、何か言ってくれないか」
「え、えっと……」
 いつになくイライラしている様子の斎藤の姿に戸惑いながらも、千鶴は日常の何気ない話をすると、漸く落ち着いたのか斎藤はいつもの笑みを浮かべた。
 が、相変わらず車はスピードを上げ続け、普段穏やかな斎藤とは全くイメージの違った運転に驚いていた。
 パトカーのサイレンも聞こえたような気がしたが、すぐにその音は聞こえなくなる。

 友達との待ち合わせ場所に遅れながらも送って貰うと、店の前で友達と会えたが、斎藤が一緒にいるのを見て遠慮したのか、彼女達は「私達の事は気にしないで」と言わんばかりの笑顔を千鶴に向けて、店を出た。
「食事はもう済ませたのか?」
「いえ……」
 ならば俺達も入ろう、と、そのままレストランに入った。
 フォークとナイフを斎藤に渡そうとした時に手が触れたが、以前感じた冷たさはなく、今度は異様に熱く感じた。もしや熱があるのではと、斎藤を見たが頬は全く火照っておらず、見た目も辛そうには見えなかった。さっきの出来事で身体が高揚しているのかもしれない。
(それに――)
 斎藤は冷人族ではない。
 その安心感からか、斎藤には決まった相手がいるのかもしれないという事、避けられていた事を忘れ、早朝にふたりで勉強をした時のような穏やかな時間が流れた。
 だが。
「そういえば、斎藤さんはあそこで何をしていたんですか?」
 偶然にしてはタイミングが良すぎる。あの事故の時も、斎藤はずっと隣にいたと言っていたが、千鶴の記憶違いではない。離れた場所にいた斎藤が一瞬で千鶴の隣に立ち、そして助けたのだ。
 今日もまた、たまたま「斎藤が隣にいた」というのはあまりにも不自然で、誤魔化しが通じないと思い
「―――あんたを守っていた」
 重い口調で「出来るだけ離れた場所で守るつもりだったのだが」千鶴が男に囲まれ、襲われそうになったのを知り、駆けつけたと告白をした。