混血の絆
目覚め 4
(斎藤×千鶴)
土方達の仕事を手伝っている間も、翌日千鶴と会えると、幸福感に満ち足りた気持ちが斎藤を纏っていた。
「何かいい事でもあったのか?」
そう尋ねられても「はい」と答えられず「いえ、特には」そっけなく答えるものの、明らかに「何か」が起きたのが悟られていた。だが、土方はそれ以上聞いてくる事もなく、淡々と仕事をこなしていた。千鶴が関係しているとおそらく気付いているだろう。しかし、好奇心で聞いてこない土方の傍にいるのは居心地が良かった。自分は土方達を脅かす存在になってしまうかもしれないという可能性がゼロではないのに、土方だけでなく、共同生活を送っている「仲間」はいつもと何ら変わらず接してくれる。それが有難かった。
斎藤は土方達と「同じ」であるが「異質の存在」でもあった。しかし、それを「否」と言う者は誰ひとりいない。はじめからいた土方、沖田、藤堂、永倉、原田はすんなりと斎藤を受け入れ、後に入った山崎もまた、仲間だと斎藤の存在に何ら疑問も抱く事もなく、今に至る。
ずっと心の底に不安要素をかかえていた。もしも「異質の自分」が表に出てしまったら、土方達に迷惑をかけるのではないか。だったら、その時が来ない方がいいとさえ思っていたし、その時は来ないのではないかと、感じ始めていた矢先に千鶴と出逢ってしまった。「そう」だと決まったわけではないが、自分の中の何かが今までとの違いを感じ取っていた。明日千鶴と会えばきっと確定してしまう。恐れていた事だというのに、待ち遠しい気持ちになっているのも確かだった。そんな斎藤の様子を見て、土方は「いい事」が起きているのではないかと言った。ずっと引け目を感じている斎藤に気付いていたからだ。引け目等感じる必要はない。そう言い続けて来たが、斎藤は頑なになっているふしがあり、心配していた。初めて見る、嬉しそうな穏やかな斎藤に土方は安心していた。おそらく、この事は共同生活こそしていないが、土方の上の立場にいる近藤に、そして更にその上の者に報告をしなければいけなくなってくるだろう。千鶴の意思を無視して、詮議になる可能性も高い。
そう、千鶴の意思を無視する事となっても。
土方は斎藤よりも、相手がどうか、斎藤を憎からず想ってくれる事を望んでいた。
今日の夕飯の当番は永倉だった。勿論皆、期待はしていなかったが、そこには想像通りの物が並んでいた。
「新八さん、これ食べられるの?」
「何言ってんだ。食べれるに決まってるだろう。俺が腕をふるって作ったもんなんだぜ?」
「だから心配してるんだけど」
不満そうな顔をして椅子に座ると「ま、味さえ我慢すればいいか」と、テレビをつけた。
「おいおい、新八。こりゃ何だ」
風呂から上がったばかりの原田はタオルで髪を拭きながら、皿の上に乗ってあるそれを見てげんなりとした顔を浮かべると
「おまえに料理の事は言われたくないぜ、左之!」
永倉と原田。このふたりもまた沖田同様、料理を不得意としていて、彼らが当番の時もとんでもない物が出され、特に夕飯の当番の時は仕事で疲れている土方は特に眉間に皺を寄せながらも、黙って胃に放り込むのだ。といっても、土方もまた料理を不得意としていて、人の事は言えないのだが。
「おっかしーな。今日は美味く出来たと思ったんだけどな」
「これのどこがだよ、新八っつぁん。そもそも何料理?」
「野菜炒めだろ? コーンスープに、炊き込みご飯じゃねぇか」
「まずその組み合わせをおかしいと思わない?」
コーンスープと言われて、漸くお湯に浮かんだトウモロコシがコーンスープになる筈のものだった事を知る。炊き込みご飯にしても、出汁や調味料が入っていない為、素材の味しかしないある意味精進料理のような物に目をやった。
「なんでだよ。ちょっとばっかり、味は薄くなったけど、悪くないと思うんだけどな」
はぁ…と、それぞれが深い溜息をつきながら、永倉の反論を聞かなかった事にし、土方のように黙って食事に集中し、早く終わらせる事にした。
料理教室を開いた方がいいだろうか…等と斎藤は考えを廻らせながら、しかし皆の時間を合わせるのは難しいというのと、開いた所で本当に学んで欲しい面子が集まる筈もないと、翌日の朝食当番は斎藤だったので、無駄な思考を止めて明日の献立を考え始めるのだった。
翌朝の朝食は斎藤とあって、皆が期待をしていた通りの焼き魚、御浸し、味噌汁、そして昨晩永倉が作った炊き込みご飯に手を加えた物を加え、斎藤得意の和食がテーブルの上に並んでいた。早めに出かけなければならない用事があると、朝食も取らずに斎藤は出かけた。
「一君が朝食も取らないって、珍しい事もあるもんだな」
朝食を奪われないようガッつきながら呟いたのは藤堂である。
「彼女でも出来たんじゃない?」
含み笑いをしながらその呟きに返事をしたのは沖田である。勿論、斎藤の早出に千鶴が関係していると知っての言葉だ。
「あの斎藤がか? あり得ねぇ」
「まぁ…あの堅物だからな。でもよ、なんだかんだ言って、あいつは女に言い寄られる事もあるからよ」
昔「付き合ってみろ」とアドバイスをしていた原田は「あり得ない話ではない」と、答えるものの、最近の頑なに異性を拒む姿が浮かび、いそいそと女と待ち合わせをする斎藤は結びつかなかった。
「一君の事だから、勉強なんじゃねぇ? それか、先生に何か用事でも頼まれたのかも」
藤堂の言葉に、土方、沖田以外が納得をし、久しぶりのまともな料理を堪能した。
「すまない、遅くなった」
二階にある窓際のカウンター席に座る千鶴の背中に歩み寄り声を掛けた。
「いえ、まだ待ち合わせの時間になってないですよ?」
「しかし、あんたはずっと待っていたようだが……?」
既に飲み終えたコップがそれを物語っていた。
「復習をしておこうと思いまして。斎藤さんに少しでも説明が出来たらって……」
出逢ってまだ三度目だというのに、何故ここまでしてくれるのだろうか。今まで斎藤は異性に言い寄られる事が少なからずあった。純粋な想いもあったが、見返りを求める者も多く、不器用で、ましてや女の扱いに慣れていない斎藤にとっては一体何を求められているのか解らず、言葉を失ってしまっていたのだが、千鶴は見返りを求めていない。ただ、斎藤が困っているだろうから、自分が力になれる事ならば…という意識しか持っていないと、このような女子は初めてで、戸惑いを感じつつも、何か返せる事があるだろうかと、考えを巡らせている自分に驚いていると、ぐうぅ…と隣から腹の虫が聞こえた。
「……もしや、朝食はまだなのか?」
大きな音がなったのが恥ずかしく、頬を染めて「あ、はい…」と、小さな声で答えると
「俺も朝食はまだだ。時間もまだある事だ。何か食わないか?」
「そうですね」
「では、俺が何か買って来てやる。食べたい物はあるか?」
「私も行きます」
「雪村は荷物番をしていてくれ」
「解りました。では…えびとアボカドのサンドとスープセットで」
「待っていろ」
「はい」
一階にあるレジへと向かう斎藤の後ろ姿を見送ると
「はっ、恥ずかしい…出かける時はお腹減ってなかったのに…あんな大きな音が鳴るなんて……」
実はこうして異性と待ち合わせをするのは初めてで、緊張していたのだ。きっと困っているだろうから…その気持ちから思わず言ってしまった事だったが、今まではこのように積極的に異性を誘ったりしなかったのに、何故自然と誘えたのか今更ながら、千鶴自身不思議に感じていた。
はじめは教室に入って、ただ視線が合っただけだった。会話等していない、視線を交わし、会釈をしただけだ。何となく気になって斎藤を見るとみるみると顔色が悪くなり、そっと教室を出た。単純に「大丈夫かな」と、思っただけだった。次の日、偶然食堂で向かい合わせになり、言葉を交わし、次は「斎藤の親友」と言って近付いてきた沖田と話をする事となり、また斎藤と再会して、言葉を交わし、今に至る。
朝から…いや、昨日からずっと緊張していた。ただ、コピーを渡し、斎藤が聞き逃した部分を説明するだけでいいのに、こんなに緊張してしまうのは相手が異性だから。ならば、このような約束をしなければ良かったのに、緊張をしつつも、楽しみにしている気持ちも自覚していた。
緊張はするものの、不思議と心地よい気持ちも抱いていた。言葉少なな斎藤だったが、発する言葉の真摯な事。真っすぐな眼。誠実さが感じられ、とても好印象だったのだ。
「きっと特に話をする事がなくても、居心地悪く感じる事はなさそう」
言葉にすると、とても恥ずかしい気持ちではあったが、正直な感情だった。そんな自分が何とも気恥ずかしく、ノートのコピーとノートを出し、昨日から何度もおさらいをした部分に目をやる。何度目を通しても解らない所もあり、つい夢中になって教科書も出して睨みつけていると
「待たせたな」
トレイを持った斎藤が隣に座り
「すみません。幾らでしたか?」
鞄の中から財布を取ると
「いらぬ」
「え…?」
「いらぬ」
「そ、そんな…駄目ですよ」
「構わぬ」
「でも…」
奢って貰う程の仲でもないのにと言いたげな視線をやる千鶴に
「ノートの礼だ」
頑として受け取ろうとしないのが伝わり「ごちそうになります」と、少し申し訳なさそうに言うと
「あぁ」
優しい眼で微笑む斎藤に「この人の笑顔が好きだな」と自然に感じてしまっていた。
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