血の絆
目覚め 1

(斎藤×千鶴)

 特にいつもと変わらない一日の筈だった。斎藤は教室に入ると席に座り、教科書とノートを机に出した。友達同士で騒ぐでもなく、ただ静かに教授が来るのを待っていたら、何だか妙な、いつもと違うにおいがしたので、そこに視線をやると、見た事のない生徒が入ってきて、キョロキョロと周りを見ると、空いている席にちょこんと座った。
 ざわざわと心が動き、その女生徒から目が離せなくなった。
(これは一体……?)
 今まで女性に惹かれる事等一度もなかった。そういう運命なのだと思っていたし、特に興味もなかった。付き合った事がないわけではないが、心揺さぶられるようなものではなく、ただ自分の気持ちを試したかっただけなのかもしれない。
 しかし、この強烈な感覚は何なのか、いや、考えなくても想像は容易についた。
(もしやこれは……いや、まさか…な)
 斎藤にはないと思っていた。いや「その力」が発動する事はなかったのだ。たったの一度も。自分には必要のない、なくなってしまったものだと思っていただけに、息苦しく尋常じゃない状態に動く事も出来ず、ただ初めて見るその女性にくぎ付けになっていた。その視線を感じたのか、斎藤に目をやるとふんわりと微笑み、会釈をした。人付き合いの苦手な斎藤がその会釈に上手く応えられるわけもなく、ただ苦しそうな表情のまま会釈をした。
 教授が教室に入り、斎藤が座っていた席よりも少し離れた場所に座ったその女性に気を取られながらも、脂汗をかき始めた斎藤はこっそりと教室を出て、保健室で休んでいたが、体調が戻らず、そのまま残りの授業を休み、家路へと向かった。
 自室で休んでいると「一君、今日はどうしたの? 午後の授業にいなかったよね?」と、ノックもせずに入って来たのは同居している沖田総司だった。
「勝手に入るなとあれほど言ってるだろう」
「別にいいじゃない」
 何度も繰り返している会話のようだが、沖田は全く悪びれもなくベッドに腰掛けた。これ以上何を言っても仕方がないと悟っているのか、小さく溜息をついて「何用か」と尋ねた。
「特に用はないんだけどね。一君が授業をサボるなんて珍しいからさ。何かあったのかなって」
 心配しているのではなく、面白そうな何かがあったのではないか…と、沖田の野生の勘が働いたようで、いたずらっ子のような眼をキラキラと輝かせていた。
「―――別に、何もない」
 不機嫌な顔で言い放つと、沖田に背を向けたが「顔色も悪いし、でも、単に体調が悪いだけってわけでもなさそうだよね。何があったのかな」と、楽しそうに話を続けるが、そもそも今日あった事を沖田に言うつもりは更々なかった。言った所で解決する所か面白がって斎藤を構うだけだろう。それが解っているので「すまないが、体調が悪い。出て行ってくれないか」と額に手を当て気だるそうに言うと、それ以上何を言っても沖田が期待する返答がないと解り「はいはい」と、素直に部屋を出た。
(そうだ。何でもない)
 今、こんなに動悸が激しく、苦しいのも、ただ体調が悪いからだ。あの女性とは関係ない。自分とは何も関係ない。だから誰にも言わない。明日になれば何もかもいつもと同じだと、乱れた呼吸を整えながら、ベッドに横になり目を瞑った。

「斎藤。おい、斎藤!」
 苦しくて眠れないと思っていたが、いつの間にか眠りに落ちていたようで、身体を揺さぶられ、重い瞼を開けるとそこには原田の姿があった。
「左之……」
「夕飯の時間だ。早く来ねぇと、新八の奴がおまえの分まで食っちまうぞ」
「……あぁ」
 睡眠を取って少し身体は楽になっていたが、食欲はなかった。
「いや、俺はいい」
「総司に聞いたが、学校早退したみてぇだな。まだ具合悪いのか?」
「随分楽にはなったが」
 まだ起き上がって、食事をする程回復はしていないようなのは見て解った。
「けど、食うもの食わないと良くなんねぇぜ?」
「いや、そういうのではない」
 これは精神的なものからくる苦痛だ。しかし、それを説明する気も、いや、上手く説明も出来るとは思えなかった。一体自分の身に何が起こっているのか、斎藤自身が解らなかった…認めたくなかったからである。
(明日また彼女に会えばこのような痛みが伴うのだろうか)
 どうすれば解放されるのか、はたして解放される時が来るのか。苦しげに眉間に皺を寄せていると
「とにかく、今日は横になってろ。何か食べたくなったら降りて来い。おまえの分は俺が確保しておいてやるからよ」
「……すまない」
 これ以上話をするのも億劫なのか、返事をすると原田に背を向けて再び眼を閉じた。

 悪夢にうなされ、夜中に眼が覚めると、のろりと身体を起こし、キッチンへと足を運んだ。冷蔵庫をあけるとラップにかけられた斎藤の晩御飯に眼がいったが、まだ食欲がなく、コップに水を入れて飲みほし、リビングのソファに腰かけた。
「電気もつけずにどうした?」
 声の主は土方だった。
「土方さん」
 斎藤を気遣ってか、灯りをつけないまま向かいに座ると「何かあったんだろ? 話してくれないか」と、自分からは何も話さないだろう事が解っているので、起きれるようになったのならば丁度いいと、尋ねた。
「俺にも…よく解らないんです」
「だが、ただ体調を崩しただけには見えないがな」
「……それは…そうなんですが」
「俺達に何か都合の悪い事でもあったのか?」
「いえ! 決してそういうのではないです。ただ、俺自身に起こっただけなのだと……」
 歯切れの悪い物言いに、いつになく斎藤が困惑しているのが伝わり「総司の奴が面白がるわけか」と溜息をついた。
「いいから、話してみろ」
「これといって何もないのですが、ただ…女性を見ただけです」
「見ただけ、だと?」
「……はい」
 それでこんなに顔を青く、まるで貧血を起こしたような症状になるのは…そう思った瞬間
「おまえ、まさか……」
 土方が何を言おうとしたのか理解し
「あり得ないと」
 と、否定をするのだが
「それしか考えられないだろう」
「しかし、今までそのような事は……」
 今まで経験もなく、情報もなかったから、この症状が「それ」だと断定する材料とはとても思えなかったのである。
「今までそれがなかったのは廻り合せがなかったからだろう。生涯唯一の事なんだろ?」
「それは…そうですが。俺の血はもう……」
「もう違うってか? おまえは俺達とは違う。前例は確かにないが、元のおまえの血は濃い。完全に消える事はないと、言われた事あっただろう」
「しかし…」
 認めたくないのか、それとも土方達に後ろめたい気持ちがあるのか、否定し続ける斎藤に
「とにかく、次に会った時に解るんじゃないのか」
「……おそらく」
「身体が辛いのははじめだけだろう」
「………」
「ま、悪い話じゃねぇんだ。受け入れるしかねぇだろ」
「……はい」
「考え込んだ所でどうにかなる話でもねぇ。今日はもう寝ろ」
「はい」
 自室に戻る土方の背を見つめながら、斎藤もまた自室に戻り、話して気持ちが楽になったのか、まだ受け入れられる状態ではなかったが、困惑する気持ちが少し薄れ、夢にうなされる事なく、朝まで眠った。

 トワイライトのパロです。パロといっても、完全なるパロではなく、少し設定を借りたというだけですが。
 面白い設定だな…と小説を読んだ時から思っていて、薄桜鬼の世界と重ねる事が出来るのではないだろうか…と思いつき書いてしまいました。
 まだここでは明かしていない事なので、トワイライトを知らない方は何の事やらさっぱり解らないと思いますが、何か面白いと思っていただけたら幸いです。