月明かりに照らされた、君の横顔
(斎藤×千鶴 恋情想起七)
慶応四年、七月。あとどれ位、俺は千鶴の傍にいる事が出来るのだろう。「お前を守る」そう、先程千鶴に誓ったし、その言葉に偽りなどない。しかし、必ずしもそれを実行出来るとは限らない。もしも、俺が先に倒れてしまったら、戦場に残された千鶴は一体どうなるのだ。考えただけでも恐ろしくなる。
本来ならばあの時、強引にでも土方さんの元にやるべきだったのかもしれぬ。それは自分でも解っていた。だが、あのようなまっすぐな眼で「一緒にいたい」と告げられて、理性を保っていられる程俺は強くはない。何の意識もしていない女子から言われたのならば、安全な道を導いてやる事は容易い事だった。千鶴に、俺が心底惚れた女に言われて、理性を保っていられる筈がない。本当は俺こそが千鶴の傍にいたかったのだから。
隣であどけない顔をして眠る千鶴に目をやると、唇から目が離れなくなった。何故、先程千鶴は俺に口付けをしてくれたのか。いや、その訳は解っていた。俺の誓いに、約束に応えてくれたのだ。同じ気持ちでいると、言葉でなく、態度で。普段千鶴から俺にくっついてくる事はない。それは恥ずかしいからというのも解っていたし、そのような状況ではないというのもあったのだろう。それでも、まっすぐな気持ちを示してくれた千鶴に俺は何をしてやれるのだろう。全力で守り、終戦後の世界を共に見る事だろう。
互いに無事でいられる可能性などないに等しい。それは千鶴も俺も痛いほど解っていたが、それでも、見ずにはいられないのは心の底からそれを望んでいるからなのだ。
昔の俺は死に場所を探しているようなものだった。武士として生き、死ぬ事が出来れば本望だと思っていたし、それだけの命を俺は奪ってきた。だから、俺が斬られるのもそれは運命。そう思って生きて来た。
なのに、月明かりに照らされ、眠る千鶴の横顔を眺めていたら、欲が出た。羅刹だというのに、もう人ではないというのに、人並みの幸せを求めるなど、自分でもおかしく感じるが、誰に笑われてもいい。千鶴と添い遂げたい気持ちは日々膨れ上がるばかりだった。
願ってもいいのだろうか。彼女との未来を。
もしも、手に入れる事が出来るのならば、あがいてみよう。千鶴の笑顔の為にも、いや、ただ俺は千鶴の笑顔が見たいだけなのかもしれぬ。今も笑顔は見せてくれるが、この先に待つものを考えると、その笑顔も堅くなって当然だ。
最近、あの花のような千鶴の笑顔を見ていない。あの笑顔を見る為に…というのは不謹慎かもしれぬが、それもこの戦いの後に見える世界のひとつなのだ。手に入れるべき、大切なもの。その為に命を掛けるのも…悪くはない。
穏やかに眠る千鶴を腕の中に入れて眠りたくなったが、起こしてはなるまいと思い、隣に敷いている布団に入り何度繋いだか解らない千鶴の手を握り、指を絡ませて目を閉じた。何故こうも千鶴に触れると安心するのか、それは俺が彼女に惚れているからなのだと解ってはいたが、このような感情は初めてで、戸惑う事もあるが、心地が悪いわけではない。守る者ではあるが、もしかすると、俺が守られているのかもしれぬ。
千鶴の唇に指をあてて、その柔らかさを感じていると、自分のそれで柔らかさを感じたくなり、千鶴が起きないように、そっと口付けを落とした。先程の千鶴の俺の約束に対する返事ではないが、俺ももうひとつ、約束をしたくなった。
この先、千鶴と一緒の世界を見るべく何があっても生き抜くという誓いを。千鶴を守る為だけでなく、その先の未来の為に。
約束をしよう。何があってもおまえとの幸せを築く為に。
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