もうひとつの……
(斎藤×千鶴)
斎藤が千鶴と再会して一年近く。長い間「会いたい」と思っていたからこそ、再会してからの日々はまるで宝物のようで、行きたいと思っていた場所、やりたいと思っていた事、この時代だからこそ出来る事をしたいと、休日はいつも一緒に過ごしていた。千鶴もまた、幼い頃から同じ思いでいたようで、今は高校生の為行けない場所も多いが、新選組所縁の場所にもいつか行きたいと、ガイド本を持ってきてはあの時代を思い出しながら話をするのだが、それだけでも充分楽しかった。勿論高校生のカップルらしい事もしていたのだが、昔、想いが通じる前、ただ想う事しか出来ず、当たり前の話だが想いが通じ合ったとしても、今で言うデート等出来る筈もなくただ時代に翻弄され、ふたりでどこかに出かけるといった事も出来なかった為、特に斎藤は「千鶴をどこかに連れて行ってやりたい」という気持ちが強く、再会してから暫くはよく遠出をしていた。勿論、遠出と言っても行ける範囲は限られているのだが。
しかし、この所の千鶴の様子がおかしかった。千鶴にも友達が沢山いたし、この学校でお千と再会し、彼女との時間も大切にしたいという気持ちも解っていたから、斎藤が千鶴を拘束するような事は強いていなかったのだが、斎藤を避ける…と、考えたくはなかったが、そう感じる行動を取るようになっていた。
(初詣の時も、新学期が始まってからもおかしな様子はなかった筈……)
一月一日。ただ初詣に行ったのではなく、誕生日だからと、手編みのマフラーを貰い、その後は千鶴の家に行き、千鶴の家族と共に過ごし、今までも顔を合わせてはいたが、挨拶程度でいた。千鶴自身が家族に前世の話もしているし、この世で付き合い始めてもうすぐ一年経つという事もあり、顔を合わせる機会を作るのも良いと、斎藤にとってはとても緊張する一日になったが、漸く認められた気持ちになり、幸せな時間を過ごした。
それからも、今までと変わらない日々を送っていたので、よそよそしい千鶴の態度にどう考えても思い当たる原因が浮かばず、一体千鶴に何が起こったのか。勘違いだと良いと思いながらも、休みの日の予定を組もうとすると「すみません。先約があって…」と断る事が増えていた。その先約は何かと聞く事も出来ず、先約があるのならば仕方がないと、ならば一緒にいられる時間を濃厚にすれば良いと思っていたし、一緒にいる時の千鶴はいつもと何ら変わりがない為、純粋に何故千鶴が忙しそうにしているのかはじめは気になっていただけだった。
しかし…二月に入ってからの千鶴は下校を共にする時間を作る事すら難しいのか、いつもならばクラブ活動をしている斎藤を待って一緒に帰っていたのだが「すみません、用事があるので…」とひとりで帰る事が多くなった。昼休みもたまに行方知れずになる時もあったり、あきらかに斎藤に隠し事をしているのが解るような避け方をするようになった。
「千鶴、一体何をしているのだ?」
「えっ…今ははじめさんと話をしてますよ」
「それは解っている。俺と共にいない時に誰と何をしている、と聞いている」
「そ、それは…その時々によって違います。あ、予鈴が…教室に戻りますね」
そそくさと、これまた逃げるように斎藤の元から離れて行く。最近は笑顔を見る事も少なくなったような気がしていた。
(よもや、心変わりではないだろうな…)
そう思っても、昔の仲間。いや、仲間じゃない者も交じってはいるが、彼らの態度はいつもと変わりはない。千鶴への想いは消えていないのは解るが、だからといって、昔のように言い寄ったり斎藤との時間を割くような真似もしていない。こっそり隠れて…というのもない、と信じたい。いや、試衛館の仲間に至ってはそのような事はない。信用出来る、尊敬する者ばかりだからその心配はない。では、風間は…とも思わなくないが、当時とまるで変わる事なく「我が妻」と未だに呼び、千鶴は何とも言えない困った笑顔を浮かべては「あなたの妻ではありません」とキッパリ答えていたし、風間の性格から考えて隠れて千鶴と付き合う等出来ないのも解っていた。
(では、相手はこの世で出逢った誰かと……いや、千鶴に限って心変わり等……)
いくら考えても答えが見つかるわけでもなく、ただ避け続ける千鶴をどうにかして問い質したいと、聞いてはみるものの、明らかに何かを隠しているのは解るが、どうしても言いたくないらしく、口を固く閉ざしていた。
ならば…と、意地が悪いと斎藤自身解っていたが
「千鶴、最近忙しいようだが、俺との時間も作ってくれぬか」
そう言われると、千鶴は「はい」としか答えられないのを解って、無理矢理だったが千鶴との時間を作るようにした。会えば千鶴は笑顔になっていたし、とても心変わりをしたようには思えず、指を絡ませ、時に抱き締めると頬を染め、安心したように身体を預ける千鶴を心の底から愛しいと感じる。
(心変わりではないのならば、一体何をしているのか。バレンタインはお千と一緒に作る約束をしているから楽しみにしていて欲しいと言われている故、チョコを作るのに時間を割いている訳ではない)
器の小さな男だと笑われそうだったが、嘘が下手だと自覚している千鶴が、それでも嘘をつき、斎藤との時間を削ってまで何をしているのか気になって仕方がなかった。
誰かと過ごしているのかもしれない。
そう考えるだけで、胸が苦しくなっていく。
日に日に千鶴はやつれて行き
「病院に行った方が良いのではないか」
「平気です。それに病気ではないので……」
病院に連れ行こうとしても、隙を作っては斎藤から逃れる。逃れられたくない斎藤は千鶴を家まで送って行くしか術はなく「一日でも良いから学校を休むと良い」そう言っても「もうすぐテストもありますから、休む訳には…」と、疲れた顔をしているというのに、学校を休む事もしない。
はじめは独占欲から千鶴を拘束するように手元に置いていたが、やがて傍にいない時に倒れてしまってはいけないと、傍に置くようになっていた。千姫に聞いても千鶴が何をしているのか答えてはくれなかった。
「そんなに心配なら、そっとしておいてあげた方がいいんじゃないかな」
千姫が言うのはこの言葉ばかりだった。
(それが出来ないから聞いているというのに、何故……)
休みの日は外出をせず、千鶴の家か、斎藤の家で過ごすようにしていた。疲れているのならば、斎藤の隣で眠るだけでも良い。そのつもりでふたりの時間を作っていたのだが「そんな…はじめさんをひとりにして私だけが寝るなんて…出来ません」だからといって、幾ら前世で夫婦だったといえ、共に眠るのは高校生としていかがなものかと、真面目な斎藤は「ならば、寄りかかるだけでも良い」と、千鶴の頭を自分に寄せて少しでも楽になれるようにと、抱き寄せて、他愛のない話をするしかなかった。
一体、このような事がいつまで続くのか…そう思っていた。流石にバレンタインの前日は「今日はお千ちゃんとチョコを作るので、先に帰りますね」そう言って、千姫と帰り、翌日は嬉しそうに「大成功! とまでは言えませんが、美味く出来たと思います」と、幸せそうに微笑む千鶴を目にした時、決して心変わりではない。そう確信し、少し寄り道をして、公園で千鶴が作ったチョコをふたりで食べたのだった。
二月十八日。クラブ活動の為、体育館に向かおうとする斎藤に「はじめさん。校門で待ってますね」と、久しぶりに千鶴から誘いを受け、練習にも気合が入っていた。相変わらず疲れた顔をしていたが、その笑みは以前のそれと何ら変わりはなかった。
早く終わらないだろうか。
本来の斎藤ならば、そのような事を考えるわけがない。だが、本当に久しぶりに見た花のような笑顔を浮かべた千鶴に会いたくて仕方がなく、誰の目から見ても浮足立っていたのだ。
「はじめさん!」
校門の前で手を振る千鶴に、走って駆け寄ると
「待たせたな。寒かっただろう」
「いえ、私もさっきここに来たばかりなので大丈夫ですよ」
「そうか、では行こうか」
手を繋ごうとした時「あ、あの…」鞄の中からごそごそと大きな包みを取り出して「これ、はじめさんに」と、手渡させたそれはどう見てもプレゼントのように見えた。
「これは? チョコならば先日貰ったが」
チョコ、と言っても斎藤の手にあるそれはとてもチョコとは思えない大きな包みだったし、ふんわりと柔らかいもののようだった。
「いえ、あの…これは誕生日のプレゼントです」
「誕生日…? 誰のだ?」
「はじめさんのです」
「俺の誕生日は一月一日で、先月初詣に行った時にマフラーをくれたではないか」
「あ、あれは…この世の、今のはじめさんの誕生日です」
「何を言っている。昔も俺は一月一日に生まれたのをおまえも知っているだろう」
「はい。でも、あれは旧暦です。新暦だったら二月の十八日がはじめさんの誕生日なんですよ」
「新暦……?」
「はい。旧暦だと日にちのずれがあるから、次の年の同じ日付があったとしても…あ、はじめさんは一月一日ですから、毎年この日付はありますけど、でも、旧暦の誕生日ってあってないようなものじゃないですか。だから、ちょっと調べてみたんです。もし、あの頃が新暦だったら、はじめさんの誕生日はいつになっていたのだろうって」
「それで…これを…?」
「はい。開けてみて下さい」
包みを開けると、正月に貰った手編みのマフラーと同じ毛糸で出来た同じ柄のセーターが入っていた。
「もしや…これを編む為に…?」
聞かなくても、千鶴が斎藤との時間を削ってまでする事といえば、斎藤に関する事しかない。頷く代わりに微笑む千鶴を抱き締めて「すまない」と謝りかけた時、腕の中の千鶴が重くのしかかり、千鶴の意識がなくなり、倒れたのだと気付くと、抱きかかえて保健室へと向かった。
「……過労、ですか」
「あと、睡眠不足もあるみたいね。栄養と睡眠を充分にとって二三日安静にしてたら大丈夫よ」
保険医にそう言われ、眠ったままの千鶴の元に寄り
(俺が躍起になって、千鶴を拘束するような真似をしなければ、ここまで具合が悪くなる事もなかったのだ)
「すまない」
信用していた。しかし、もしかして…と、嫉妬にかられ無茶をさせたのは自分だ。何故もっと広い心で千鶴を受け止めてやる事が出来なかったのだろう。きっと「喜ばせたい」「喜んでくれるかな」その気持ちだけで無茶をしているのだとも気付かずに、睡眠を削り編み物をしている姿が容易に想像が出来た。
暫くして、千鶴の意識が戻り、疲れているだろうからと、彼女をおぶって家に送り届けるべく歩いていると、もう何度目になるだろう「はじめさん、ひとりで歩けます。もう、大丈夫です」と、斎藤の背で抵抗してみせるのだが
「駄目だ。おまえは休んでいろ」
「ですが…荷物まで……」
斎藤の荷物、そして千鶴の荷物を胸にかけ、背には千鶴を…と、まるで罰ゲームをさせているような気持ちになったのか、何度も「ひとりで歩けます」と、言い続けていた。
「構わぬ」
「それに、倒れたのは私に原因があったからで…はじめさんは何も悪くないのに……」
「いや、俺がおまえの気持ちを疑ってしまったせいだ」
と、斎藤もまた自分に非があると譲らなかった。
「違います。私はただ、はじめさんの喜ぶ顔が見たかっただけで…だから、私が勝手にした事ですから」
「……おまえは何度惚れ直させれば気が済むというのだ」
「は、はじめさん……」
「とっ、とにかく。おまえひとり重くも何ともない」
「でも……」
「目をつぶっていろ。少しでもいいから休んでくれ」
でないと安心出来ぬ。そう言われては千鶴も大人しくしているしかなく、言われた通り、目を閉じて斎藤の体温を感じながら「はじめさん、ごめんなさい……大好きです。誕生日、おめでとうございます」そう言うと
「有難う。俺も千鶴を愛している」
優しい声が返ってくると安心したのか、そのまま再び眠りについた。
|
|