片割れを思う
(斎藤×千鶴)
「雪村さん、俺と付き合って下さい!」
「……ごめんなさい」
「好きな人でもいるの?」
「そういうわけじゃないんだけど…まだ中学生だし……」
「中学生とか関係ないよ。ただ、俺は君が好きなだけなんだ」
「ごめんね…駄目なの」
頑固たる姿勢で断られてはもうこれ以上何も言えなくなってしまい、同級生の男はその場を立ち去って行った。
「ちっ…今回もしつこかったな」
残った千鶴…いや、千鶴の振りをしていた薫が舌打ちをして「毎日毎日うぜーよ」と、こっそり持ってきて、着替えた千鶴の制服を脱ぎ、かつらも外して元の自分の制服に着替える。
「ったく、毎日俺が目を光らせてるってーのに、なんでここには諦めの悪い男ばっかいるんだよ」
薫の片割れの妹、千鶴は異常にモテており、薫のガードのおかげか、本人の鈍さからなのか、千鶴はそれに気付いていないのだ。ラブレターは薫がこっそり抜き取り、近づいてくる男がいたら必ず薫が間に入って、まるで通訳のように男の言葉を直接千鶴の耳に入って理解出来ているというのに、復唱するように伝え、千鶴の言葉もまた男に薫が返事をするという徹底ぶりだ。
何故かクラスまでずっと同じだった為、授業中、しかも千鶴の席の近くに座っている男のみが会話出来るという状態なのである。
そんな中、自由に千鶴と会話をし、友達の地位にいるのは幼馴染の藤堂平助だった。彼もまた千鶴に恋心を抱いているし、薫もそれに気付いてはいるが、藤堂が強引な態度を取らない事も、薫と同じくらい…いや、薫にとっては彼以下だという認識ではあるが、千鶴を大切に思っている事は物心ついた時から知っている為、他の男のような接し方をしなかった。薫自身、藤堂の幼馴染であり、友人だからというのも大きいのかもしれないが。
ともかく、千鶴は薫の手によって、日々「たちの悪い、どこの馬の骨とも解らない男ども」から守られていた。
小学生の頃から、ませた男たちは「好きな女の子は千鶴ちゃん」と、可愛い恋心を抱かれてはいたが、中学に入ってからというもの、背伸びした恋を抱き、千鶴に押し付け…もとい、伝えようとする輩が増え、毎日千鶴の制服とかつらを鞄に忍ばせ、千鶴と行動を共にし、少し先回りをして下駄箱、机の中を調べラブレターを排除してから千鶴を安全な場所に連れていくという徹底ぶりである。
しかし…千鶴が幾らその学校で学びたい事がある、勿論彼女の社会人になるステップに必要なカリキュラムがあるとはいえ、前年度までは男子校だった高校に入学すると決めた時は全力で反対をし、両親も巻き込み説得をしたが、普段物腰の柔らかい彼女ではあるけれど、こうと決めたら梃子でも動かない頑固な部分を持ち合わせており、薫とは違う意味で心配する両親を説得し、薄桜学園に入学をしてからというもの、薫は今までと同じように千鶴をガードする事が出来なくなっていた。まず剣道部の面子は藤堂が通っていた道場の門下生が集まった部員のトップが薫とは比べ物にならない位に強かったのである。
沖田と薫は性格が合わないらしく、互いに不毛なやりとりを日々繰り広げていたが、隙を見ては千鶴に抱きついたり…と、スキンシップを取り薫の神経を逆なでしていたが、体格の差もあり、いいように振り回されていた。
沖田と同じ実力を持つ寡黙な斎藤は直接薫と千鶴をめぐってのやり取りがあるわけではないし、風紀委員として直接の先輩というのもあり、沖田程敵視はしていなかったが、殆ど表情の変わらない彼ではあるとはいえ、千鶴の前では頬を染めたり、普段の彼からは想像出来ない行動を取っているのを知ってはいたし、この所毎日千鶴を送り届けているのも知っていた。
だが、沖田のように本気か冗談か解らない態度で千鶴に近付いているのではなく、真剣な気持ちで、そして本来の真面目な性格から本当に千鶴を心配して、あのストーカーから守っているのを知っていたのだ。あの風間から千鶴を守るのは至難の技で、中学時代のように、薫一人で千鶴を「馬の骨」から守るのはもはや困難になっているのである。少し…いや、寧ろこういう相手が一番要注意人物なのかもしれなかったが、藤堂がとても信頼しているというのもあり、納得はしていなかったが沖田よりは信頼出来る、と千鶴を送る事位は譲ってやってもいい、寧ろあの悪魔…いや、思い込みの激しいあの男を近付けさせない一番いい案であるだろうと、不本意ではあるが認めていた。
そう、千鶴の想いも知らずに。
初めての千鶴の恋の相手である事も気付かず、知らない所でその愛が確実に育まれている事も薫の知る所ではない。
彼らが両想いになった時、薫は大反対するのか、渋々ながらも認めるのか、それとも予想すら出来ない行動に出るのかは薫自身解らない所ではあったが、千鶴が自ら恋をした相手ならば認めざるをえない事は理解していた。
この学園で、千鶴の何かが変わっていく、薫とは違う道に進む事は覚悟していた。
それでも、まだ可愛い妹を一番大切にしているのは自分だと、そう思いたいのだ。いずれは違う道に進む自分の片割れをせめてこの学園にいる三年の間は自分が千鶴の一番の地位にいたいと願うのだった。
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